BigbeatLIVE 2025.07.01 国境を越えて、伝統をつなぐ | タイ出身デザイナー スワンシン・ラッチャタさんが京都・西陣織にかけるおもい


2025年8月1日に開催される「Bigbeat LIVE 2025」。
“らしさ”というキーワードを軸に「経営」「ASEAN」「コミュニティ」「働き方と選ばれ方」というテーマでセッションを展開します。
今回ご紹介するのは、「ASEAN」セッションにてご登壇をいただくスワンシン・ラッチャタさんです。

日本の伝統工芸は、世界的に高く評価される一方で、収入の不安定さや後継者不足といった深刻な課題を抱えています。西陣織も例外ではありません。 
そうした中で、タイから国境を越え、西陣織の魅力を新しい形で発信しつづけている方がいます。
それが、株式会社MONOHA代表取締役のスワンシン・ラッチャタさんです。 
 
タイ出身のスワンシンさんは、なぜ日本の伝統工芸に惹かれ、京都という土地で西陣織と向き合うようになったのでしょうか。
日本文化に魅了されたエピソードから、職人との対話からの学び、今後の展望までを語っていただきました。 
 

技法よりも背後にある「思想」や「哲学」を知りたい ー タイから日本へ 

2008年、タイから日本へ渡ったスワンシンさん。日本語学校で1年間学んだのち、日本画を学ぶため大学へと進学します。留学前はタイで映像を学んでいたといいます。 

「日本に来て特に感銘を受けたのが、長谷川等伯の《松林図屏風》でした。水墨画の余白の美しさに、思わず涙が出てしまって。
そのとき、『ああ、自分が惹かれているのは、技法そのものよりも、その背後にある思想や哲学なんだ』と気づいたんです。

大学で学ぶ内容は現代日本画が中心で、古典的な模写などの授業がほとんどなかったため、自分なりに学びを深めることにしました。調べてみると、京都のあるお寺の住職の方が水墨画にとても詳しいことを知り、お願いして住み込みで技法や思想を学ばせていただいた時期もあります」 (スワンシンさん)
 
こうした学びを経て、日本文化の核心にあるのは「引き算の美学」なのではないかと、スワンシンさんは語ります。 

「たとえば料理でも、タイはスパイスを重ねていく“足し算”の文化。一方、日本では素材の持ち味を活かすように、調味料をできるかぎり抑えていく。盆栽もそうです。ミニチュアにして自然のままに再構成する発想に、とても惹かれました」 


※大学時代の作品
 

西陣織と職人たちとの出会い ― 対話と協働によるものづくり 

大学卒業後は、京都の刺繍工房「長艸繡巧房(ながくさぬいこうぼう) 」に就職。
同工房では、アートディレクターとして、「縫い」以外の業務の全て—たとえばデザインや撮影、展示、広報など——を一手に担いました。 

 「西陣織の先生がつくられた着物作品を初めて見たとき、まるで“歩く美術館”のように感じました。額に飾られる美術品とは違って、着物は人の暮らしの中にある美しさ。それがすごく新鮮で、心を奪われました。着物を一着仕上げるまでには、織り、染め、下絵、金彩、刺繍、仕立てなど、本当に多くの工程があるんです。そこには、多くの職人の協働があり、職人との対話や信頼関係が欠かせないことを知りました」 



 「外回りの仕事で職人さんの工房を訪ねるのが本当に楽しかったです。暖簾が出ていなくても、“おおきに”と声をかけると、出迎えて話を聞かせてくださる。もちろん最初は緊張もありました。外国人ですし、京都の世界は厳しいとも聞いていましたから。でもお話をするうちに、『他の人に言えないことも、スワンシンさんには話してくれる』と言ってもらえることもありました。外国人だからこそ、優しく接してもらえた部分もあったように思います」 
 

 「MONOHA」に込めた思い 

こうした経験をへて、スワンシンは2019年に「MONOHA」を立ち上げます。この社名には、2つのおもいが込められているのだそうです。 

「一つは『もの』という概念への関心です。日本に来て、まず気になったのが『もの』という概念でした。具体的な形あるものもあれば、抽象的なものもある。このような『もの』が包含する意味の奥行きや幅広さに惹かれました。
もう一つは『もの派』への共感です。“MONOHA”には、60〜70年代の日本の現代美術『もの派』に通じるおもいもあります。例えば石は石のまま、ほとんど素材に手を加えずそのまま活かす表現スタイルは、自分のプロダクトデザインのあり方に通じるところがあります」 


※MONOHAで取り扱う帯にも『もの派』への共感が根付いています

 MONOHAでの活動において、スワンシンさんが大切にしていることが2つあるといいます。 

「一つは、『見た目の表面的な美しさだけでなく、その背景や奥にある技術や歴史ごと伝えること』です。たとえば、『これ、2年かけてつくったんですよ』と話すと、皆さんすごく驚かれます。ひとつの着物やプロダクトに何十人もの職人が関わって、時間と手間をかけて仕上げている。そんなストーリーがあると知ると、プロダクトへの関心や価値をより感じてもらえるんです。
もう一つは、プロダクトデザインにおいて『古典とコンテンポラリーを、計算をして現代風に組み合わせること』。古典的な模様って、実は今よりおしゃれでコンテンポラリーなデザインが多いんです。でもそのまま使うだけでは古く見えてしまいます。そこで、色味や配置を工夫して、現代的なデザインに再構成しています。つまり、新しく見えるけどちゃんと伝統もいかされている。そんなプロダクトづくりを心がけています」

 

 伝統工芸が抱える課題 ー「職人と若者のあいだをつなげたい」 

若い世代や海外の方に、MONOHAのプロダクトをどう受け取ってほしいかを尋ねると、スワンシンさんは冗談めかしつつも、真剣な思いを語ってくれました。 

  「正直に言えば、『いっぱい買ってください』って思っています(笑)。売れれば売れるほど、職人さんが生活しやすくなりますから。でも、単に買ってほしいわけじゃなくて、僕たちがどれだけの思いと手間をかけてつくったか、その価値をちゃんと伝えたうえで、納得して選んでもらいたいんです」 
  
その背景には、「伝統工芸の職人不足」という深刻な課題があります。後継者が育たない大きな理由の一つが、「職人の仕事は価値があるのに、経済面で生活につながりにくい」という現実です。 

「弟子を取りたくても、自分の生活がギリギリで難しいという声もよく聞きます。かといって、昔のように“無給で下積み修行をする”というスタイルも、今の時代では受け入れられにくくなっています。
だからこそ、僕は若い人と職人さんのあいだをつなぐ存在でありたいと思っています。たとえば、職人さんと直接話せるような場を設けたりして、若い人たちが『自分もこういう仕事をしたい』と思えるようなきっかけをつくりたいんです。そうした思いも込めて、MONOHAの活動を続けています」 


※制作風景
 

相手とその人の職業を尊敬する ー 職人との関係構築の秘訣とは 

京都の伝統産業に関わる外国人として、今や界隈で知られた存在となっているスワンシンさん。どのようにして京都コミュニティと信頼関係を築いてきたのでしょうか。 

「相手のことを大切にすること、そして、その人の職業を尊敬すること。この2つを常に意識しています。加えて、自分の海外の目線を積極的に共有するようにしています。相手が望んでいることに対して、自分にできることを常に考えて行動しています。最近では、海外での熱狂的な抹茶ブームを踏まえ『抹茶にまつわる商品をつくってはどうか』と提案しました」 

 また、これまでに100点以上の商品や作品を選定・構成する展覧会のキュレーションを任された経験もあるといいます。


※展示風景

「日本人じゃないからこそ、型にとらわれずに発想ができる。けれど同時に、きちんと日本文化への理解もある。そういう存在として、期待をされて展示を頼んでくださったのかなと思います。展示をご覧になったみなさんが面白いと喜んでくださって、とても嬉しかったです。もちろん、『この配置は少し違和感がありますね』と先生からダメ出しもたくさんされましたが(笑)」 
 

「誰かの役に立つこと」が自分らしさに通じる 

「自分らしさ」とは何か――そう尋ねると、スワンシンさんは少し考えてから、穏やかにこう語りました。 

「僕にとっての自分らしさは、『誰かの役に立てること』だと思っています。自分が学んできた知識や技術を通して、人の助けになれること。自分にしかない視点を活かして、誰かを幸せにできること。海外のトレンドを日々アップデートしているのもそれが理由です」 
 
さらに、スワンシンさんがもうひとつ大切にしている役割があると語ります。 

  「この前、年配の方から“Youtuberになりたいけど、どうやったら再生回数を増やせるのか”って相談されたんです(笑)。今、僕は40歳なんですが、自分の世代って、上と下のちょうど中間にいると思うんです。ですから『上の世代と下の世代をつなぐ存在になりたい』という思いがあります。
 若い人たちほどSNSやiPhoneを自在に使いこなせるわけじゃないし、かといって上の世代ほど昔の文化に精通しているわけでもない。いわば中途半端な世代。でも、中間にいる自分だからこそ、両方のあいだをつなげることができると考えています」 


※タイの大学にて講演をした際に -若い世代にも積極的に文化を伝えます
 

「人との関係」の中から、自分が役に立てることを発見してほしい 

今後の展望をたずねると、スワンシンさんは次のようにこたえました。 

「例えば“5年後に何億円稼ぐ”といった、遠い目標は考えていません。今は、デザインだけでなく、ものづくりやドラマ・映画撮影など、さまざまなお仕事をご依頼いただいています。こうした一つひとつの依頼に、誠実に応えていくことが、今の自分の役割だと思っています」 

 また、これから新しい挑戦をしたいと考える若い世代へ向けて、スワンシンさんは、自分の役割を見つけるには「自分が社会のなかで何ができるのか」という視点を持つことが大切だと語ります。 

「自分の得意なことが誰かのためになるかもしれないし、まだ自分で気づいていない才能があるかもしれません。けれど、そうしたことは、人との関係の中で初めて気づけることです。できるかできないかで立ち止まるよりも、まずはやってみること。海外に行ってみたいと思うなら、行ってみる。結果として海外生活が合わなかったとしても、それを知れたこと自体に価値があります。ぜひ、多くの人々との関わりの中から、自分が役立てることを見つけて、実践していってほしいです」 

インタビューの最後を、スワンシンさんは次のように締めくくりました。 

「僕の願いは、一言でいえば『みんなが幸せになること』。それぞれが自分のフィールドで、自分らしくあってほしいと思っています。僕も自分らしさを生かして、さらに多くの方々の役に立てるようになりたいですね」 

 
執筆:上杉 公志

 
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スワンシン・ラッチャタさんとともに「ASEAN」のセッションを盛り上げてくださる

ホストの長谷川 卓生さんの記事はこちらから

講演者の森 大輔さんの記事はこちらから

講演者のブイタン ユイ さん・ブイタン タム さんの記事はこちらから


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