Bigbeat 2026.05.29 3年8カ月ぶりにビッグビートにカムバック!2児の母になった20年選手、今の想いを語る
この4月で勤続20年を迎えたと同時に3年8カ月の時を経て、万障繰り合わせまくりの上、ビッグビートに戻ってまいりました。
一瞬で駆け去っていく毎日に置いていかれないように必死でしがみついている今日この頃、今回の復帰に対する想いをしたためましたので、よろしければご笑覧ください。
ドキドキソワソワの出社初日
お暇をいただいている間に2人の母になりました(現在3歳と1歳)。
それはまるで全身の血が入れ替わるような衝撃的な体験で、未だに目の前を横切る我が子たちに目を疑いつつ、日ごと髪を振り乱し白目を剥きながら自転車立ち漕ぎ状態で生かしております。
お休みの間にも会社にはちょこちょこ顔は出してはいましたが(ちゃっかり30周年記念ハワイにも行った、奮闘記はこちら)、ゴールデンウィーク明けにいよいよ本格復帰しました。
復帰までの道のりを語り始めるとこの記事が5メートルくらいになってしまいそうなので割愛しますが、紆余曲曲折折折折という感じでなんとか復帰にこぎつけました。
そうして迎えた復帰初日。
いざ帰ってきたビッグビートは、ハマロ氏が社長じゃなくなっていたり(おおごと!)、屋台骨だった人事取締役がご勇退されていたり(とてもさみしい)、半分くらい知らない顔だったり(ナウなヤングが増えている)と、異世界に帰ってきてしまったのではないかと思うくらい変化しておりました。
一方私はというと、昔の仕事着が軒並みサイズアウトし、大好きだったヒールを履いたら盛大に靴擦れし、すし詰めの銀座線に圧倒されるなど物理的に衝撃を受けつつも、ようやくたどり着いた懐かしのオフィス。
背筋を伸ばし、警備員さんに挨拶をし、ゲートをくぐり、いざ22Fへ舞い上がる。
「お・・・お邪魔します」という心持ちで一歩踏み出し執務室に入ると、大滝新社長がさわやかな笑顔でお出迎えしてくれました。
デスクでさわやかに出迎えてくれた大滝新社長
さらに私を待っていたのは、3年8カ月前の最終出社日に入社時からのアレコレをそっと閉じ込めた大切な私物BOX。
まるでタイムカプセルを開けるかのようにその蓋を開いてみると、当時の空気がふわっと広がり懐かしさのあまり卒倒しそうになりました。
そしてその中身のほぼすべてを捨てるところから業務がスタートしました。
(最終出社日の焦り具合がまんま伝わるくらい本当にぐちゃぐちゃだった、そして冷静な心でみてみるとガラクタばかりだった)
タイムカプセルから出てきたデート印。あのときのまま止まっておりなかなかエモい
(デート印って今のご時世使うのかな・・・)
解き放たれたタイムカプセル、その中にあったものは
私物BOXの中に入っていたDNA Book※をおもむろに手に取り開いてみると、ぶわっと何かが目を覚ますような感覚になりました。
※DNA Bookとは、創業者のハマロ氏が2009年に初めてしたためた、理念やビジョンなど経営に対する想いを書き出した50ページほどの本。
ビッグビートのいわば”経典”(アヤシイ)のようなもの。
DNA Bookに関する記事はこちら
随所に散らばる言葉の節々に、ああこれこれ、こんなかんじ、そうそうそうだよね、とまるで当たり前に正しいことが書いてある教科書を読むかのようにページをめくっていきました。
このDNA Bookはハマロ氏の経営に対する想いがギュっと凝縮されているものであり、社員にとっては仕事をする上で大切にしたいと思う信条が連ねられているのですが、みんなの心の支えになるような、道に迷ったときに道標になってくれるようなそんな本だな、ということを改めて感じたのでした。
(本当にみなさんに御覧入れたい!)
歴代DNABookの写真。一番右側の初版は2009年発行(ボロボロ・・・)
とても悩んだ復帰の決断。でも、だから戻ってきた
今回復帰に際しては、それはもう悩みに悩みあぐねました。
言葉が通じず自らの欲望だけに直球どストレートで生きている人間×2を相手どり、これでもかというくらいに振り回され、毎日精神的にも肉体的にもぐちゃぐちゃになりながらなんとか生かしている日々。
この現状に仕事が単純にオンされると思うと、まったくもってやれる気がしませんでした。
一番可愛い(と世間では言われている)子供たちの一瞬一瞬を、間近でみていたい気持ちも大いにありました。
過日の慣らし保育では、毎日大泣きする子供たちがあまりにも可哀そうで、自分が選択しようとしていることが本当に正しいのかギリギリまで悩み、でも働かない自分は、心にも身体にもぽっかりと穴が空いてしまっているような気がしてしまう・・・。
堂々巡りで悩んでいる中で、大滝新社長の「お互いに”期待しないで”とにかく家族優先でやっていこう」という言葉や、3年8カ月ものお暇を快諾してくれ戻ってくる場所を用意してくれた会社に背中を押してもらいました。
(ちなみにハマロ氏にはニューオータニSATSUKIの5,000円のハンバーガーとかケーキとか、キューベーのお寿司とか、育休中たくさん餌付けしていただいた)
そんなこんなで、私はやっぱりビッグビートの人たちが好きで、この文化が好きで、その上に身を置いて生きていきたいんだなということを再確認し、自分を信じて子供たちが2人とも同じ保育園に入園できることが決まったタイミングで、えいやっ!と復帰を決断しました。
最後に
筆舌に尽くし難い経験を経て、本当に久しぶりに戻ってきました。
戻ってきたビッグビートは社長も代わり、メンバーも代わり、若人たちがとても頑張っていて、いろいろなことが変わっていました。
でも根っこにある部分は変わっていないと信じています。
「かかわった人がHAPPYを感じる」ーこの当社の理念を体現できるように、後世に伝えていけるように、子供たちに「かあちゃんかっこいい!」と思ってもらえるように、そしてビッグビートにとってよき伴走者(いずれは先導者!?)となれるように、自分なりに奮闘していきたいと思っています。
最後に、この場を借りて復帰をサポートしてくださったみなさまにお礼を申し上げます。
また、お仕事をご一緒させていただいたクライアント&パートナーの皆様、直接復帰をお伝えできぬ無礼をお許しください。

君たちの未来はきっとHAPPYだ!
・・・しかし、私なんぞの復帰エピすらネタにせざるを得ないニシタイ編集部さん、大丈夫でしょうか。
というわけで今後私も編集部の一員となり、当社の珍道中をマジメに楽しくスクープしてまいりたいと思います。
お手柔らかに、乞うご期待!








