Bigbeat 2025.04.01 30周年記念アロハロハ in ハワイ! ~育休中の社員が語る、そこまでして行きたかったわけとは~

2023年に長男、2024年に長女を出産し、かれこれ2年半の産休育休をいただいております(継続中)、辻と申します。
お休みをいただくまで営業部で16年半ほど忙しなく仕事をしておりましたが、そのさらに上を行く忙しい日々を送っている今日この頃です(毎日が本当にあっという間!)。

さて、ニシタイ・のねまん通信ファンの皆さまであればもちろんご存じの通り、当社はただいま30周年イヤー爆走中。
設立記念日の3月15日(サイコーの日!)にあわせ、満を持して社員&ご家族含め総勢60人でハワイへ行ってまいりました。

当社とハワイとのふかーい関係については当社代表ハマロ氏のコラム「ハワイの空気成分」ご参照

ところで、今回私が筆を執らせていただいたのは、どうしたら0歳2歳の年子を置き去りにしてソロでハワイに行くことができるのか?を皆さまにお伝えするためです。
(7割ウソです、3割ホントです。いや、7割ホントです)

 

わたしとハワイ

思い返せばあれは約10年前。ハマロ氏の前で私は年甲斐もなくさめざめと涙を流していました。もう具体的には覚えていませんが(あんまり思い出したくありませんが)、仕事で何か辛いことに直面したのだと思います。
いや、直面した、というよりも積もり積もって爆発したという表現が正しいかもしれません。ティッシュ片手にズビズビみっともなく泣く私にハマロ氏はこう声を掛けました。

「書を持って旅にでろ」

当時は素直だった私は2週間のお暇を頂戴し、書を持ってひとりハワイへと旅立ちました。
(教えに忠実にホテルのベランダで本読んでた)

なぜハワイにしたかというと、ハマロ氏から幾度となく「ハワイは人々のHappyがギュッと詰まっている。東京で日々懸命に働いていると、よりその空気を感じられる」と聞かされており、ハワイに対して膨らむばかりの夢をいよいよ現実に見るためでした。

実際にハワイの空気を胸いっぱいに吸ってみると、ハマロ氏のいう意味がわかったような気がしたものです。仕事もまた頑張ってみよう、という気持ちにもなれました。
(ちなみにその年にもう1回ハワイにいきました笑)


書を持ってひとり旅に出た当時の筆者(通りがかりのロコのおじさまに撮ってもらった)

 

どうしても行きたかったわけ

その後もハマロ氏は折に触れて「ハワイで乾杯しような」と、まるで何かのおまじないのように口にしていました。
月日は流れ、ハワイ逃避行の旅から約10年後。お腹の中に2人目のベビーがいるころ。
社内では「来年の30周年は3月の創設記念日にハワイでアロハロハ(記念パーティー)をやるらしい」という噂がまことしやかにささやかれておりました。

所用で会社に顔をだしたときにハマロから直接その話を聞き、噂は本当だったのだとわかったと同時に、真っ先に頭に浮かんだのは「行くのは無理だろうな・・・」でした。

家には絶賛イヤイヤ期の2歳児と、腰も据わらぬ0歳児。そして年度末は超繁忙期の夫。親に頼ろうにも高齢でなかなか難しい。私が風邪で倒れようものなら即崩壊するようなギリギリのラインで日々の生活を保っている状態で、何をどうしたら3泊5日、単身でハワイにいけるというのか。

余談ですが、実は当社は10周年のときに社員旅行でハワイに行っています。その当時私は内定者で行くことができませんでした(1つ上の先輩は行っている)。
これも余談ですが、実は当社は一昨年社員旅行でタイに行っています。その当時私は妊娠中で行くことができませんでした(いやそもそも育休中だし)。

上記2回以外、社員旅行らしい社員旅行はなかったと記憶しております。
遮二無二16年頑張ってきたつもりなのにどうして私はみんなと一緒に旅に出ることができないのか・・・。仕方がないことと分かってはいつつも、なんだか遣る瀬無い気持ちになっていたのも正直ありました。

ただ、そんなことより何よりも今回は絶対にいかなければならない理由があったのです。
それは、今期を最後にハマロ氏が代表の座を後世に譲るというタイミングだったから。

最後のアロハロハ(しかもinハワイ)に参加できないなんて・・・夜毎ハマロ氏の夢枕に立ってティッシュ片手に泣きながら恨み言を垂れ流してしまいそうだったので、これはなんとしてでも行かねばならぬと思い始めていたところ、ハマロ氏から「できない理由を並べるのではなく、できる方法を考えようよ」と声をかけてもらい、また、なんとか行けないものかと一緒に頭を悩ませてくれる同僚に背中を押され、壮大なソロハワイ旅プロジェクトが幕を開けたのでした―――。


「できない理由を並べるのではなく、できる方法を考えようよ」で有名なハマロ氏(10年前、ワイキキビーチにて)

 

どうやっていくことができたのか

詳細は長くなるので割愛しますが(詳しく知りたい方がいらっしゃれば個別にお伝えします笑)、夫への熱を込めたプレゼンテーションに始まり、その後はたくさんの人に助けていただきました。

上の子の保育園の先生方、保育園お迎え~寝かしつけまで対応してくださったシッターさん、朝の準備&保育園まで連れて行ってくれた夫、1週間仕事を休んで下の子を全力でお世話してくれた姉(&義兄)、心配で姉宅まで何度か様子を見に来てくれた母、ちょこちょこ連絡をくれた同僚たち。
まるでイベント準備のようなToDoの洗い出しや備品手配を行い、シッターさんや姉とは事前に何度か予行練習をし(子供たちと心の距離を縮めてもらい)、綿密にシミュレーションを重ねました。

すべての準備を整えたあと出発日までは、とにかく子供たちが発熱しないことだけを天に祈りながら、ようやく出発日当日を迎えました。

出発日3月12日はあいにくの雨。しかも結構な大雨。
大量の荷物と娘を抱え、びしょ濡れになりながら片道2時間以上かけて姉宅に娘を送り届けていざ出発!!!
羽田空港に到着し、もはや懐かしい面々が一堂に会する様子を目にしたときのなんとも言えない高揚感は忘れることができません(ここが興奮のピークだったかもしれません笑)。

こうして私は無事にハワイの土を踏むことができたのです。
関わってくれたたくさんの人たちには本当に感謝しかありません。


羽田空港でカンパーイ!(このときのテンションが旅を通して1番高かった)

 

ハワイに行ってみて

大型バスでホノルルのホテルに到着したときに出迎えてくれたハマロ夫妻。その心の底から嬉しそうな破顔の笑顔をみて、こちらまで嬉しくなったことを覚えています。

ハワイには、相変わらず人々の幸せが凝縮されたような空気が漂っていてそれはもう気持ちのいいものでした。
今の私にとっては、会社の仲間たちと逢う、話をする、お酒を酌み交わすことすら夢のようなのに、それがハワイで実現するだなんてもう夢の中で夢をみているような、ふわふわとした幸せな心持ちでした(多分ずっと3cmくらい浮いていたと思います)。

10年前2回目のハワイのときには、ハマロ氏夫妻と現地合流しゴルフ&ホテルバー三昧で過ごしたことを思い出しながら、当時と同じゴルフ場でゴルフをしたり、当時と同じバーでマイタイを飲んだりしながら懐かしさに浸りつつ、時が経つにつれて旅の終わりを感じながらだんだんと寂しい気持ちになってきます。


想い出のKo Olina Golf Club にて


僭越ながら初代リーダー、次期リーダーズとラウンド




そうして迎えた3日目の夜、アロハロハ。
高揚感で正直あまり覚えていないのですが笑、ハマロ氏はじめみんなの最上級のHappyな笑顔だけは脳裏に焼き付いています(ホント)。
そしてハマロ氏がクロージングの挨拶のときに、司会をしていた私に向かってこっそり「泣くかもしれないから横にいて」と言ったことも笑

また、私がお休みをいただいている間に新卒や中途で入社した方々もたくさんいて、はつらつと楽しんでいたのがとても印象的で、新しく変化していくビッグビートを目の当たりにした気がしました。


3日目、30周年記念アロハロハ(パーティー) ※ワイキキビーチ沿いのホテルのイベントスペースにて


なぜかワイキキビーチを背負って司会をしている筆者


今回の旅はただの社員旅行ではなく、ビッグビートにとって節目となるとても大事な旅。
10年前にはまさかこんな未来が待っているだなんて、まったく想像がつきませんでした。
でも10年前ハワイに逃避行する前の自分にそっと耳打ちをしてあげたいです、「続けてるといいこともあるかもよ」と。

長旅を終えて帰宅後(この日も雨!)息子のかわいい寝顔をみたときに、目の前にある揺るぎない現実を目の当たりにしつつ、夢のように思っていることだって実現できるんだということを強く実感しました。

この先も「できない理由を並べるよりも、できる方法を考えよう」のマインドで前のめり気味にチャレンジしていきたいと思った次第です。


次は子供たちを連れてハワイにいくことを目標に、日々を精一杯生きる!!!

筆者・辻
 
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