マーケティング 2020.02.10 未来定番研究所が目指す、5年先の定番と未来の百貨店
東京の歴史地区・谷中に残る築100年の古民家。街の風景として見逃してしまいそうなこの一軒家が、大丸松坂屋百貨店「未来定番研究所」の事務所です。
「5年後の未来の定番」を作り出すことを目的にした部門には、どのような人材が集まるのでしょうか? また、谷中に事務所を構えた理由は? 所長の今谷秀和さんに詳しく聞きました。
〈インタビュアー〉野北瑞貴(ビッグビート マーケティングチーム ディレクター)
●今谷秀和さんプロフィール
乃村工藝社、伊藤忠を経て1990年に電通に入社。建築士資格を生かし、ショールームやイベントなどの空間デザインを手掛けたほか、インターネットにいち早く着目しネット広告などを展開した。2015年に大丸松坂屋百貨店入社し、2017年に「未来定番研究所」を設立。2018年に事務所を谷中に移転した。
未来定番研究所 今谷秀和所長
――前編 では未来定番研究所が、「5年先の未来の定番を作り出す」部署だとお聞きしました。具体的にどのような仕事を行っているのでしょうか。
今谷さん:
当研究所の設立と同時に、5年先の未来に定番になるタネを発信するためのオウンドメディア「FUTURE IS NOW(F.I.N.) 」を立ち上げました。元々は、社員が常に先を見るためのヒントになることを目的としたサイトだったのです。でも、社内報ってあまり見られないですよね(笑)。
なので、あえてオウンドメディアという形で外部にもオープンにして、誰でも見られるようにしました。外部の方から、競合他社に情報やアイデアを取られないか不安に思うのではないかという声もありましたが、もしマネをされたのなら、むしろ評価されたと感じるのではないかと考えました。
――なるほど。実は「F.I.N」が誰をターゲットとしているのか気になっていました。
今谷さん:
エンドユーザー向けにはわかりやすい記事にしがちですが、けして商売に直結するようなことは書かず、少し抽象的な内容を掲載するようにしています。社員に対しても、小難しいことを書いてもなかなか読んでもらえないのですが、それよりも「刺激となってほしい」「アイデアの種にしてほしい」という思いでインタビューを中心に掲載しています。
――現在「百貨店の存在価値とは?」と考える動きがあると感じています。その中で「F.I.N」の意義は何なのでしょうか?
今谷さん:
当社はトップダウンの傾向が強いので、社長が朝礼で「読め」と言えばみんな読みますが、正直「読んだけどよくわかりません」となる人も多いと思っています。なぜなら私たちが発信しているのは、すぐに商品が売れるといった類の話ではありませんので。
例えば、「これから働き方改革が来る」と紹介しても、「それが私たちのビジネスとどう関係するのだろうか?」となってしまいます。「働き方改革が来るなら、こういうサービスや商品が関連するのではないか?」と想像してほしいのです。一見、百貨店と直接の関係はなくとも、わかってもらえる人には、記事で言いたいことをわかってもらえていると思います。
――他部署とは大きく異なる仕事だと思いますが、どのようなメンバーを集めているのでしょうか?
今谷さん:
未来定番研究所を立ち上げた際に所属した6人は、当時の経営企画のメンバーが中心で、人事によって集められた人材でした。しかし現在、私以外は全員入れ替わっていますね。最近入った3人は、社内公募で選びました。この部署は、現状を変えたいと問題意識がある人たちが自分の意志で入ってくるべきと考えています。
――この部署に対して、社内外の評価はどう感じられていますか。
今谷さん:
社外からは「面白い」と評価されることが多いですが、社内の人の多くは、ここが何をしているのかわかっていないかもしれません。そんな人からすれば、無駄遣いする部署とさえ思われているかもしれないですね。
一方で、この場所を訪ねてくれる社員は増えてきているんです。都内の人なら、電車でこの谷中まで簡単に来ることができますし、遠方の社員でも旅行のついでに寄ってくれて、仕事の相談をして帰る人もいますよ。実際に会って話せれば、我々の仕事は理解してもらえると思っています。それに、この部署は社長直轄なので、社員の方から話してもらったことを私たちから社長に直接提案できるところもメリットを感じてもらえるかもしれません。
――なるほど。小売業の場合、短期的な目標が問われることが常かと思います。長期の視点で動くことについて、社内をどう説得しているのでしょうか。
今谷さん:
そこが課題ですね。現行のビジネスで出た利益が我々の給料の源泉。売れ筋商品があるからこそ、お給料が出ています。とはいえ、ただそれだけをやっていたら未来がありません。現業を否定せず、長期的なチャレンジをしているという気持ちで進めています。
これがもし「半年で結果を出せ」と言われたら無理です。もし半年で結果が出たとしたら、それはすでに世の中にあるものを模倣したにすぎません。我々は、世の中にないことを“発明”する必要があるのです。
藍色の暖簾がかかっている建物が「未来定番研究所」だ
――新しいチャレンジをする場として、この谷中を選んだのはなぜでしょうか。
今谷さん:
第一の理由は、社外の人が自由に出入りできる場所として本社から独立した場所が欲しかったことですね。また、部署が本社にあると、経営や多くの関係者の目を気にして、つい忖度してしまう可能性があります。できればそう言ったことを意識せずに進めるためにも、独立した事務所を構えたかったというのもありますね。
なにより松坂屋は250年前から寛永寺(かんえいじ)に着物を納めていたという歴史があります。ここ谷中は、その寛永寺の門前町。後付けではありますが、この街を選んだ意味はあった、直観は正しかったなと感じています。「未来」を考えることに対して、「過去」のものである古民家という組み合わせはギャップがありますし、インパクトもありますしね。
――偶然の結果とはいえ、ルーツをたどる場所に事務所を構えることができたのですね。
今谷さん:
そうです。今は簡単に情報が入る時代。昔は情報がない中、新しいことを作り出していました。そのことにも敬意を表して、古い建物を活かして未来を考えていきたいと思っています。
――未来の定番を作り出すには、どんな小さな兆しも見逃さず、価値に着目することが大事とおっしゃっていました。今谷さんがかつて、黎明期からインターネットのビジネスに着目していたことに近いですね。
今谷さん:
そうですね。私がインターネット広告をビジネスに取り入れようとした当時は、テレビ全盛の時代。初めてネットをみたとき「このままだとテレビはいらなくなる」と思いましたが、早すぎて誰にも理解されませんでした。
でもその後、本当にネットの時代がやってきました。大事なのはすでに「人がやっている」ことではありません。自分がピンと来たことを大切しています。
――ピンと来るためには、世の中に対してアンテナを張り続ける必要がありますよね。小さい芽がさまざまな場所にあるのは、「価値観の多様性」に関係するのではないでしょうか。多様性にアプローチできる場所こそ、百貨店だと思いました。
今谷さん:
百貨店は100の価値を生み、育てる場所だと考えています。だからこそ、今必要なのは「価値観マーケティング」ではないでしょうか。空間でも店員でも何でもいい。まずはお客様にとって、好きと思えるもの=価値を作る必要があるのです。それに加えて、サスティナビリティといった環境への配慮や人の役に立つなどの共感があれば、いち押しになるかもしれません。
小さな兆しを見逃さないこと自体も重要ですが、そうした姿勢を見せることが大切なのかもしれません。流行を追い求める店よりも、マイナーな価値や小さな価値にアンテナを張って着目する店のほうが色んな方々に愛されるはず。価値観が多様化している現在、百貨店はそうした方向を目指したほうがよいでしょう。
[撮影]野村昌弘
「5年後の未来の定番」を作り出すことを目的にした部門には、どのような人材が集まるのでしょうか? また、谷中に事務所を構えた理由は? 所長の今谷秀和さんに詳しく聞きました。
〈インタビュアー〉野北瑞貴(ビッグビート マーケティングチーム ディレクター)
●今谷秀和さんプロフィール
乃村工藝社、伊藤忠を経て1990年に電通に入社。建築士資格を生かし、ショールームやイベントなどの空間デザインを手掛けたほか、インターネットにいち早く着目しネット広告などを展開した。2015年に大丸松坂屋百貨店入社し、2017年に「未来定番研究所」を設立。2018年に事務所を谷中に移転した。
未来を作り出すヒントとなるためにメディアを運営
未来定番研究所 今谷秀和所長
――前編 では未来定番研究所が、「5年先の未来の定番を作り出す」部署だとお聞きしました。具体的にどのような仕事を行っているのでしょうか。
今谷さん:
当研究所の設立と同時に、5年先の未来に定番になるタネを発信するためのオウンドメディア「FUTURE IS NOW(F.I.N.) 」を立ち上げました。元々は、社員が常に先を見るためのヒントになることを目的としたサイトだったのです。でも、社内報ってあまり見られないですよね(笑)。
なので、あえてオウンドメディアという形で外部にもオープンにして、誰でも見られるようにしました。外部の方から、競合他社に情報やアイデアを取られないか不安に思うのではないかという声もありましたが、もしマネをされたのなら、むしろ評価されたと感じるのではないかと考えました。
――なるほど。実は「F.I.N」が誰をターゲットとしているのか気になっていました。
今谷さん:
エンドユーザー向けにはわかりやすい記事にしがちですが、けして商売に直結するようなことは書かず、少し抽象的な内容を掲載するようにしています。社員に対しても、小難しいことを書いてもなかなか読んでもらえないのですが、それよりも「刺激となってほしい」「アイデアの種にしてほしい」という思いでインタビューを中心に掲載しています。
――現在「百貨店の存在価値とは?」と考える動きがあると感じています。その中で「F.I.N」の意義は何なのでしょうか?
今谷さん:
当社はトップダウンの傾向が強いので、社長が朝礼で「読め」と言えばみんな読みますが、正直「読んだけどよくわかりません」となる人も多いと思っています。なぜなら私たちが発信しているのは、すぐに商品が売れるといった類の話ではありませんので。
例えば、「これから働き方改革が来る」と紹介しても、「それが私たちのビジネスとどう関係するのだろうか?」となってしまいます。「働き方改革が来るなら、こういうサービスや商品が関連するのではないか?」と想像してほしいのです。一見、百貨店と直接の関係はなくとも、わかってもらえる人には、記事で言いたいことをわかってもらえていると思います。
問題意識を持つメンバーと長期的なチャレンジに挑む
――他部署とは大きく異なる仕事だと思いますが、どのようなメンバーを集めているのでしょうか?
今谷さん:
未来定番研究所を立ち上げた際に所属した6人は、当時の経営企画のメンバーが中心で、人事によって集められた人材でした。しかし現在、私以外は全員入れ替わっていますね。最近入った3人は、社内公募で選びました。この部署は、現状を変えたいと問題意識がある人たちが自分の意志で入ってくるべきと考えています。
――この部署に対して、社内外の評価はどう感じられていますか。
今谷さん:
社外からは「面白い」と評価されることが多いですが、社内の人の多くは、ここが何をしているのかわかっていないかもしれません。そんな人からすれば、無駄遣いする部署とさえ思われているかもしれないですね。
一方で、この場所を訪ねてくれる社員は増えてきているんです。都内の人なら、電車でこの谷中まで簡単に来ることができますし、遠方の社員でも旅行のついでに寄ってくれて、仕事の相談をして帰る人もいますよ。実際に会って話せれば、我々の仕事は理解してもらえると思っています。それに、この部署は社長直轄なので、社員の方から話してもらったことを私たちから社長に直接提案できるところもメリットを感じてもらえるかもしれません。
――なるほど。小売業の場合、短期的な目標が問われることが常かと思います。長期の視点で動くことについて、社内をどう説得しているのでしょうか。
今谷さん:
そこが課題ですね。現行のビジネスで出た利益が我々の給料の源泉。売れ筋商品があるからこそ、お給料が出ています。とはいえ、ただそれだけをやっていたら未来がありません。現業を否定せず、長期的なチャレンジをしているという気持ちで進めています。
これがもし「半年で結果を出せ」と言われたら無理です。もし半年で結果が出たとしたら、それはすでに世の中にあるものを模倣したにすぎません。我々は、世の中にないことを“発明”する必要があるのです。
未来を作り出すために、あえて谷中へ
藍色の暖簾がかかっている建物が「未来定番研究所」だ
――新しいチャレンジをする場として、この谷中を選んだのはなぜでしょうか。
今谷さん:
第一の理由は、社外の人が自由に出入りできる場所として本社から独立した場所が欲しかったことですね。また、部署が本社にあると、経営や多くの関係者の目を気にして、つい忖度してしまう可能性があります。できればそう言ったことを意識せずに進めるためにも、独立した事務所を構えたかったというのもありますね。
なにより松坂屋は250年前から寛永寺(かんえいじ)に着物を納めていたという歴史があります。ここ谷中は、その寛永寺の門前町。後付けではありますが、この街を選んだ意味はあった、直観は正しかったなと感じています。「未来」を考えることに対して、「過去」のものである古民家という組み合わせはギャップがありますし、インパクトもありますしね。
――偶然の結果とはいえ、ルーツをたどる場所に事務所を構えることができたのですね。
今谷さん:
そうです。今は簡単に情報が入る時代。昔は情報がない中、新しいことを作り出していました。そのことにも敬意を表して、古い建物を活かして未来を考えていきたいと思っています。
未来の定番を作り出すためにアンテナを張り続ける
――未来の定番を作り出すには、どんな小さな兆しも見逃さず、価値に着目することが大事とおっしゃっていました。今谷さんがかつて、黎明期からインターネットのビジネスに着目していたことに近いですね。
今谷さん:
そうですね。私がインターネット広告をビジネスに取り入れようとした当時は、テレビ全盛の時代。初めてネットをみたとき「このままだとテレビはいらなくなる」と思いましたが、早すぎて誰にも理解されませんでした。
でもその後、本当にネットの時代がやってきました。大事なのはすでに「人がやっている」ことではありません。自分がピンと来たことを大切しています。
――ピンと来るためには、世の中に対してアンテナを張り続ける必要がありますよね。小さい芽がさまざまな場所にあるのは、「価値観の多様性」に関係するのではないでしょうか。多様性にアプローチできる場所こそ、百貨店だと思いました。
今谷さん:
百貨店は100の価値を生み、育てる場所だと考えています。だからこそ、今必要なのは「価値観マーケティング」ではないでしょうか。空間でも店員でも何でもいい。まずはお客様にとって、好きと思えるもの=価値を作る必要があるのです。それに加えて、サスティナビリティといった環境への配慮や人の役に立つなどの共感があれば、いち押しになるかもしれません。
小さな兆しを見逃さないこと自体も重要ですが、そうした姿勢を見せることが大切なのかもしれません。流行を追い求める店よりも、マイナーな価値や小さな価値にアンテナを張って着目する店のほうが色んな方々に愛されるはず。価値観が多様化している現在、百貨店はそうした方向を目指したほうがよいでしょう。
[撮影]野村昌弘