マーケティング 2020.01.31 進化する大丸松坂屋百貨店-生き残るための「未来づくり」とは

「大丸」や「松坂屋」といった百貨店を運営する大丸松坂屋百貨店。世の中に本当に必要とされ定番となっていくモノやコトを見極め、提供していく百貨店になるべく、2017年に「未来定番研究所」を設立しました。一体、どのような部署なのでしょうか? 未来の定番とは?

老舗だからこそ持つ課題や未来づくり、マーケティング活動について、所長の今谷秀和さんにお話を聞きました。
 
●今谷秀和さんプロフィール
乃村工藝社、伊藤忠を経て1990年に電通に入社。建築士資格を生かし、ショールームやイベントなどの空間デザインを手掛けたほか、インターネットにいち早く着目しネット広告などを展開した。2015年に大丸松坂屋百貨店入社し、2017年に「未来定番研究所」を設立。2018年に事務所を谷中に移転した。



 (写真右)未来定番研究所 今谷秀和所長 (写真左)野北瑞貴(ビッグビート マーケティングチーム ディレクター)

 

未来を作り出す部署「未来定番研究所」

――最初に、大丸松坂屋百貨店の中に「未来定番研究所」ができた経緯を教えてください。

今谷さん:

2015年に入社したとき、当社にはマーケティング部門も広告宣伝部門もありませんでした。当時は経営企画室に所属していたのですが、私がそれまで企業のマーケティング支援の仕事をしてきたこともあり、そういった部署が必要だと提案したのがはじまりです。

――マーケティング部門がなかったとは……驚きです。

今谷さん:

経営戦略や数字のデータを追うことはありましたが、経営の大きな方向性を考える部署はありませんでした。そこで立ち上げたのが「未来定番研究所」です。マーケティング的なことを行う部門にあたりますが、数字を追う仕事はしていません。「未来を作り出す」部署と位置付けています。
 


まるでタイムスリップしたかのような未来定番研究所オフィス

――名前に冠している「定番」とはどのようなものを想定していますか?

今谷さん:

最近ではこの“定番”という言葉が、当研究所に対しての誤解を生んでいるのでは、と思うところがあります。

定番=マスというより、先々まで生き残ったものを指しています。例えば、ポロシャツ。登場したときは革新的でしたが、現在は定番になっていますよね。革新的なモノでも、世の中から消え去ったものは「定番にならなかった」と考えています。

――研究所は「5年先の未来の定番」をキーワードとして掲げています。未来の定番はどうやって見つけるのでしょうか?

今谷さん:

当研究所を「未来を作り出す」部署と位置付けたように、前提として、未来を「予測する」のではありません。小さな価値を見逃さず、次の定番を「作り出す」のが仕事です。例えば、ハロウィンも最初は一部の人たちが楽しんでいた文化です。それが今や全国レベルの定番になりました。ハロウィンにいち早く注目していたら、「グッズを売っているところと言えば百貨店」と認識され、大きなビジネスチャンスになっていたかもしれない。

どんな小さな兆しも見逃さず、価値に着目することが大事なのです。今は、小さな芽がさまざまな場所にある時代です。「百貨店に関係ない」と思い込まず、どんなことにも着目していく必要があります。そうすることで、5年後の定番を作り出していけると考えています。

 

今までのマーケティング理論だけでは通じない



――従来のマーケティング理論とは異なる考え方に感じます。

今谷さん:

以前大学のゲスト講師として呼ばれたとき、大学で教えていたマーケティング理論を否定しちゃったこともあります(笑)。ただ、今まで言われてきた価値観でマーケティングをするな、と言いたいわけではありません。90%は従来の手法で進めつつ、10%は関心ごとを軸にマーケティングしよう、と。それに今は、価値観も働き方も性別や年齢の違いをなくす流れになっていますよね。

――確かに、働き方や年齢によるラベリングは、効果的でなくなっているかもしれません。

今谷さん:

例えば「シニアがスマホを使いこなせない」みたいなCMもあるけど、実際そんなことはない。反対に若くても使えこなせていない人だっています。

――関心の軸と言えば、ネットで興味をもって検索すると、関連商品の広告がずっと表示しますね。あれも関心ごとでターゲティングされている事例だと思いました。

今谷さん:

でも、ネットの広告はもう限界にきていると感じています。どこを開いても広告が出てくる。数字を追いすぎた結果、今やマス広告のほうが心地いいのでは? という状態になってしまいました。

――適切に提供できれば、マイナスに感じないのでしょうか。

今谷さん:

百貨店の接客でも、お客様が店に入った瞬間、店員がこちらを見て、「いらっしゃいませ」と言いますよね。あれは逆効果。追いかけられるのはマイナスです。

あるオーダースーツのテナントでは、店内に完成品を置いていません。お店にいるのは採寸する人と生地のみで、その場で販売の誘導も行いません。採寸してデータを持ち帰った後に、ネットで購入できる仕組みなのです。

この方法を採用してから、オーダースーツが売れるようになったと聞きます。1回採寸すれば、その後はもう店に行く必要がないし、採寸という体験をエンタメとして楽しめる。必ずしも買わなくてもいい。適切な距離感が保たれている良い事例です。

 

百の品を集めて売る時代はもう終わった。今の百貨店の役割とは?



――未来定番研究所が行った事例としては、「300年クローゼット」や「シタマチ.フロント」が有名です。

今谷さん:

2017年は、大丸にとって300周年という記念年でした。だからと言って、「300にまつわるセールをしよう」では品がありません。まず、300年続いてきたというのは、すごいこと。これを軽く扱わず、次の300年への意気込みをすべきではないかと、300年クローゼットを企画しました。

そして2018年はちょうど松坂屋上野店の250周年でした。松坂屋は、もともと名古屋にあった伊藤屋というお店でしたが、上野の松坂屋を買収して江戸に進出したのが始まりです。そういった縁も意識して、250周年は「江戸の粋」をテーマに設定。上野御徒町の上野フロンティアタワーがニューオープンする際は、「シタマチ.フロント」として新たに街開きを行いました。

――歴史があるからこそできる企画ですね。

今谷さん:

「300年クローゼット」は社長肝いりのプロジェクトで、「これからの300年も生き延びる」という意志を示しています。

――もう商品を集めて売るだけでは、生き残れない。そこで、大丸松坂屋百貨店のストーリーを提供したのですね。

今谷さん:

売れ筋商品はこれから先も売れるでしょう。でも、商品を置けば売れた時代はバブルで終わりました。誰もが必要なモノを持っている時代に、ただ並べるだけでは売れません。そこで必要なのが「ストーリー」。買い手は、ストーリーを見て、その商品を好きにならないと買いません。商品も百貨店も、選ばれる必要が出てきたのです。

――今はお店に行かなくてもネットで購入できる時代。だからこそ、場所に行くからこその“価値”も必要とされているということでしょうか。

今谷さん:

今は「買わなきゃ」となったら、まずネット検索します。買う場所の選択肢として、百貨店は出てきません。でも、もし検索したときに「大丸の6Fにあります」と言われたら、「帰りに寄ろうかな」となるかもしれないですよね。しかし、そういった検索結果を表示させることすら、できていないのが現状です。

「百のモノを売る」とは言っても、ネットのほうが圧倒的に品数も多いです。だからこそ、お客様が百貨店に来るのは、具体的な「何か」を求めて……ではなくなりました。例えば「肌寒い」なんてぼんやりとした理由で百貨店を訪れ、多くの商品を見た結果「これがいい」とストールを買うような流れになっています。

――具体的な目的物があるわけではないけど、何かを買う場所であることには変わりない。

今谷さん:

店員さんからのおすすめで、「これいいじゃない」と新しい発見をしてもらうのが百貨店の役割。ネットではできないことができるのに、百貨店はネットから遮断されているのは問題だと感じています。



――でもこれまでの歴史を考えると百貨店は、新しいものを提案してきていますよね。

今谷さん:

かつて着物文化だった日本に、洋服を教えたのは百貨店でした。洋服を着こなすためには、バッグも必要だし、靴も必要。そして洋食を食べるためには、ナイフやフォークが必要です。百貨店のレストランで、新しい文化である洋食の体験をし、必要な商品を購入するという、コトからモノへとつながる流れがありました。

――でも今は何でも家にあります。補充の時しか買い物をしなくなりました。

今谷さん:

今だって同じことはできます。例えば、北欧デザインをサステナビリティの観点で語ることで、コト体験につなげることができれば、モノが欲しいというところにもつなげられます。

便利、安い、量が豊富という点では、ネットやほかの業態に勝てないでしょう。今後は、付加価値の高さで富裕層を相手にしていくのではないでしょうか。そもそも百貨店とはそういう場所でしたので、原点回帰すると思います。

でもその一方で、テナントを入れて家賃収入を得るような百貨店のショッピングセンター化も進んでいます。ただ価値や体験を提案するような形までは至っていないのが問題です。だからこそ、社長直轄である我々、未来定番研究所が新しい価値を提案し、会社を変えていこうという試みをしているのです。今後は「便利」だからではなく、「好き」という価値が大事になってくるからこそ、関心ごとに対して深くアプローチをしていくことを続けていきたいと考えています。

(後編に続く)


[撮影]野村昌弘
 
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