マーケティング 2020.11.27 日本酒の「あり方」を見つめ、多様な選ばれ方を実現する酒造 司牡丹の挑戦

飲食店業界はもちろん、取引関係のある日本酒業界にもコロナ禍は甚大な影響を及ぼしている。その中で高知県酒造組合では、早くも2020年4月からオンライン酒場「酔うちゅう部」をスタートし注目を集めた。業界全体が自粛や縮小に追い込まれる中、日本酒の新たな意味づけや日本酒を通じた関係づくりを続けている。
同組合理事長でもある、司牡丹酒造株式会社代表取締役社長の竹村昭彦氏に話を聞いた。





●竹村昭彦氏プロフィール

創業1603年の老舗・司牡丹酒造株式会社代表取締役社長。高知県酒造組合理事長。土佐からはじまるオンライン酒場「酔うちゅう部」の立ち上げに携わる。地元高知の大学などにて講師を務めるほか、全国約5,000人のファンに向けた情報紙「土佐発・オトナノ御馳走」(通称オトゴチ)などを通じた情報発信を続けている。
 

「イメージ」は意味づけで変えることができる

400年以上の歴史のある酒蔵の跡取り息子として生まれた竹村氏だが、ストレートに蔵元を継がず、まずは東京での就職を選択した。
学生の頃はちょうど一気飲みがブームの時代。飲みの席ではべろべろに飲まされるのは当たり前。学生寮でも試験前日に先輩が一升瓶をもってきて、正座で一気飲みをさせられたことも珍しくなかった。そのため当時の竹村氏の一番嫌いな飲み物は日本酒だったという。



「卒業時、『帰ってくるか』と聞かれたんですけど、そうしたイメージのある日本酒を人にすすめられるわけないと思い、東京で5年間サラリーマンをやってました」(竹村氏)

就職先では洋物のファッション雑貨や菓子を取り扱っており、クリスマスグッズやテディベア、バレンタインチョコといった商品による企画営業を担当した竹村氏。

その後、手ぬぐい店のプロデュースを通じて和物の魅力を再発見したという。そのころには造り酒屋を舞台にしたテレビドラマの流行や、おいしい吟醸酒の一般流通といった時代の変化もあり、吟醸酒を市販した先駆けでもあった家業の酒造会社に戻ることを決めた。

「もののイメージは時代によって変化するし、意味づけによって変化させることもできると感じていました」と当時を振り返る。

 

コロナ禍に生まれたオンライン酒場「酔うちゅう部」

代表を継いでから約20年。「うちのような中堅クラスは大変です」とコロナ禍の影響を語る。
 
大手メーカーならば安いパック酒を売る形で利益を出せるが、彼らと同じ値段の酒では利益はとれない。規模の小さいメーカーであれば、値段が高額ながらも良いお酒を造れば、利益は確保できるパターンも珍しくはない。地酒ファンが選ぶ時代になって新しい銘柄が次から次へ出るようになると、司牡丹というのは古くからある分、余計に「新しくない」というイメージや色がついてしまっている。

竹村氏は30年ほど前からオリジナルブランドの新銘柄「船中八策」を育てたり、業界としても地酒ブームの先駆けをつくった「日本名門酒会」のルートで様々な企画を打ち出すなど、伝統に甘んじず古いというイメージを打破する新たな試みを続けてきた。

そしてコロナ禍の今年4月に立ち上げたのがオンライン酒場「酔うちゅう部」だった。



酔うちゅう部」は高知県酒造組合が初期費用を負担し、土佐酒アドバイザーアソシエーションが運営するオンライン酒場で、竹村氏は同組合の理事長も務めている。

このオンライン酒場は会員登録さえすれば国内外問わず誰でも無料で利用でき、最大20人がオンライン上に一堂に会して酒を酌み交わせる。オープン宴会もクローズ宴会も、どちらも開催可能だ。

「酔うちゅう部」誕生の背景には高知ならではの文化が関係していた。高知は「返杯」「献杯」の慣例に代表されるように、そもそもコミュニケーションが密な土地柄だ。あらゆるアルコール飲料の中でも、とりわけ人と人を結びつける力が強いのが土佐の日本酒であると竹村氏は断言する。

「土佐弁では『なかまにする』というのがありましてね。これは一般的な意味では『同士』ですけど、『シェアする』『共有する』という意味になります。土佐はまさに 『なかま文化』で、お酒も皿鉢料理もお座敷遊びもすべて『なかま』にするんです」(竹村氏)

高知県の「おきゃく大使(※「おきゃく」は「宴会」の意)」であるdancyu編集長の植野広生氏や、高知ロケがきっかけで移住を決めた映画監督の安藤桃子氏など、「なかま文化」に魅せられた著名人も少なくない。

竹村氏は「コロナ禍で一番被害を受けるのがこうした文化やコミュニケーション」という危機感を抱き、そこで考え抜いてうまれたのが「オンライン酒場」だった。

決断からは速かった。2020年3月上旬に土佐酒アドバイザーアソシエーションの担当者とデザイナーとの対話、3月末に臨時総会を開き予算の承認を得て、4月下旬のオープンまで要した時間は2ヶ月足らず。当時は内容だけでなくそのスピード感にも注目が集まったが、「スピードがなかったら意味がない」と竹村氏はいう。

日本酒ファンや飲みの場を求める人々から支持されるために生まれた「酔うちゅう部」は、お酒だけでなく飲食店でのテイクアウト需要増など、新たな価値創造も生み出している。

 

「意味のイノベーション」で価値創造へ




「イノベーションには二つの種類があると考えています。一つはモノのイノベーション。もう一つが意味のイノベーションです」(竹村氏)

「意味のイノベーション」について、ロウソクを例に考えてみよう。
なぜロウソクは今でも売れているのか。電気も普及した現在では不要と思う人もいるかもしれないが実際に売れ続けている。

その理由の一つが「食事の時に楽しむために使う」というもの。海外では部屋の明かりを消してロウソクの灯りで食事やパーティを楽しむ文化があるが、これは誰かがロウソクに「新しい意味」をつけることで初めてうまれた価値といえる。これが意味のイノベーションであり、新たな意味づけによって初めてイノベーションはうまれるのだ。

竹村氏は「ロウソクでもできたなら、日本酒にも『意味のイノベーション』ができるはず」と日本酒業界の変革を語る。

近年、日本酒好きの若い層が増加している一方で、その理由を聞くと「ちょっと珍しくておいしい」というくらいにしか思っていないことが多い。その理由を竹村氏は「物質と精神が分断されすぎている」と分析する。

もとをたどれば日本酒は神事と一体で、その精神と物質は一つのものだった。それが時代を経るごとに分断されていき、日本酒メーカーに聞いても「どこどこの米をつかって、精米歩合は何パーセントで…」とモノとしての日本酒の話しかしなくなってしまった。日本酒を『米と水でつくったアルコール飲料』としか意味づけできなければ、誰だって安いパック酒にいってしまうだろう。

「日本酒の本質的な意味が失われている今こそ、『意味のイノベーション』を行い、歴史や文化といった背景もひっくるめて、日本酒の『精神と物質の再統合』を成すべきです」(竹村氏)

 

日本酒でつながる新たな関係の網の目

日本酒業界の今後の課題の一つに、全国の地酒専門店がマニアやヘビーユーザーとばかり取引をしていて、新規ユーザーやライトユーザーを取り込めていないという状況がある。

新規ユーザーやライトユーザーをファンにするために重要になるのが「デザイン」という概念だ。ここでの「デザイン」とは、「アイデアに生命を宿し具現化すること」を指す。

マーケティングが平面の設計図とたとえるならば、デザインは立体の模型のようなもの。マーケティングのイメージを形にして、価値を共有し行動をしたくなるようなメディアづくりがデザインの肝だ。

竹村氏は現在Youtubeコンテンツや小冊子などのメディア制作に力を入れているが、デザイン視点での工夫の一つに「酒の話から入らないこと」がある。

酒にそこまで興味のない人にとっては、酒の話が最初にあったらそれだけでシャットアウトしてしまう。では具体的にどうするか。

たとえば、『なぜ、日本酒をうまく活用する人は幸せになれるのか?』という小冊子では、いきなり日本酒の魅力は語られず、「おいしいものが好きなあなたへ」「歴史好き・旅好きなあなたへ」「健康が一番というあなたへ」など、読み手視点での複数の日本酒の入り口を紹介している。

その後で日本酒によってなぜ料理がよりおいしくなり、歴史や旅が楽しくなるかを伝えることで興味をもちやすくなると、読み手目線のデザインを心がけた。

もう一つの工夫が複数の媒体を用いることだという。
「私は読書が好きで紙媒体への愛着がありますが、小冊子だけでなく、ウェブページにPDFを掲載したり動画コンテンツにするなど、入り口をいくつも設けるようにしています」

小冊子の切り口やメディア選びも「意味のイノベーション」に裏打ちされたデザインにあった。


司牡丹から発行されている会報紙

竹村氏のデザインはこれだけに留まらない。

「ファンの中には『日本酒を応援したいけれどどうすればいいかわからない』という方がいらっしゃいます。だったらこの小冊子をまだ日本酒好きでない方に配ってファンにしてくださいと。そうすればファンから新たなファンがうまれていく。そのための道具として彼らに手渡したいというおもいも込めてつくっています」
 
日本酒の魅力を伝えるという意味に留まらず、ファンから新たなファンへと関係の網の目を結ぶことができる。日本酒は、新たなコミュニケーションツールにもなりうる。

日本酒を通じたコミュニケーションの可能性を確信する竹村氏は、新型コロナウイルスよりも恐いのはコロナによって「人と人とのつながりが断たれてしまうことだ」という。交流が分断され、人間関係が疎遠になり、いつのまにか孤立し、その状態が時として人の命を奪うことさえある。そのことの方がウイルスそのものよりも恐ろしいと。

「我々は医療関係者のようにウイルスと直接は戦えないけれど、こうした分断・疎遠・孤立とは戦える。そのための武器が日本酒であり、土佐の『なかま』文化であり、そして『酔うちゅう部』のような新たな意味のイノベーションの積み重ねだと考えています」(竹村氏)


 
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