マーケティング 2021.04.16 なぜオンライン/リアルのハイブリッド型イベントを選んだのか? 〜日本金融通信社「DBX2020」の挑戦

「オンライン配信だけなら安全なのに、リアルイベントの講演も実施するなんて、講演者が出張をキャンセルしたらどうするつもりだ?」と社内から不安な声が上がる。それを受けて経営層も心配する。しかも、イベントの前日、東京都内の新型コロナ感染者数は、過去最高を更新したばかり。
日本金融通信社が、デジタルバンキングに特化した初めてのイベント「DBX2020」を開催したのは、2020年12月17日〜18日のことだった。しかも同社が挑んだのは、 「オンラインとリアルイベントを組み合わせたハイブリッド型で運営する」という初めてのスタイル。ビッグビートもイベント開催をサポートした。そしていま、改めて問いたいのは、「なぜあえてハイブリッドという形で、デジタルバンキングという初めてのテーマを掲げたイベントを開催したのか」という点だ。 日本金融通信社の河合直氏、安藤克朗氏、山﨑貴大氏が答えた。

 
(右から)日本金融通信社 国際室長 河合直氏
同 事業2部 次長 記者 安藤克朗氏
同 記者 山﨑貴大氏


 

金融業界の発展に貢献する日本金融通信社

日本金融通信社(以下、ニッキン)は「金融機関が国民大衆とともに発展する」という理念の下、1955年に設立された金融総合専門新聞社だ。主な読者は、全国の銀行や信用金庫・信用組合、生損保、証券などで、金融政策の最新情報のほか、金融機関の新たな取り組みや成功事例を週刊新聞「ニッキン」で提供している。日本金融通信社 国際室長 河合直氏は、「今後の方向性をいち早く伝えることで、未来に向けての備えを示唆し、金融業界に貢献することをミッションとしています」と説明する。

紙面での情報提供だけでなく、最新の金融業界動向や、業界に役立つIT情報を届けるためにセミナーやイベントも開催している。2000年に始まったイベントFIT(金融国際情報技術展;Financial Information Technology)もその1つだ。


同社 事業2部の安藤克朗氏は、FITの開催のきっかけについて次のように説明する。


日本金融通信社 事業2部 次長 記者 安藤克朗氏

「当時はITバブル期で、金融機関向けのIT展示会も開かれていましたが、ほとんどがハードウェアの展示でした。ただ業界からは、いまではFinTechと呼ばれているソフトウェアの金融ITに関する情報を求める声が高かったのです。私たちも『金融ITに特化したイベント』に活路を見出し、ソフトウェアの金融IT展示会を始めることにしました」

ニッキンの強みは、金融機関に直接来場を呼びかけ、ダイレクトに反応を受け取れることだ。同社は 「現場直視の紙面づくりを目指す」ことを標榜しており、現場の課題やニーズを深堀している。イベント開催前も、実際に金融機関に足を運び、来場を呼びかけることで、反応を直接受け取る文字通りの“ダイレクトマーケティング”を展開することで、出展者・来場者の満足度向上や次回のプランニングにつなげている。




そうして始まったFITも、初開催から20年を迎え、2日間で2万人の来場者を誇る大きなイベントとなった。その一方で、新たな課題が浮上してきたという。

 

FITは“総合デパート”、デジタルバンキングに特化した“専門店”を求める声

FITは、「金融IT」という名の通り、金融業務のあらゆる分野を対象にしている。その分スケールメリットはあるものの、1つひとつのテーマが薄まってしまうという一面もある。

一方、いま金融業界を揺るがしているテーマが、デジタルバンキングだ。海外のデジタルバンキング市場を見ている河合氏は、 「デジタルバンキング分野で日本と海外の差は圧倒的。正直にいえば、完全に乗り遅れているんです」と、冷静に状況を分析する。


各国における銀行サービスのデジタル利用の頻度,親近感の分類
(出典)https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/about-deloitte/articles/news-releases/nr20181026.html

世界でデジタルバンキングへの取り組みが加速したのは、2000年〜2010年のこと。この間、日本の金融業界は完全ガラパゴスになり、世界と大きく差がついてしまった。たとえば中国のデジタルバンキングアプリでは、蓄積されたビッグデータを個人向けレンディングや信用調査に用いている。「良いか悪いかは別にしても、そこまで進んでいる海外デジタルバンキングが、日本市場に乗り出そうとしているいま、業界は真剣にこのテーマについて考える必要があると思います」と河合氏はいう。

ニッキンは、「デジタルバンキングに特化した“専門店”としてのイベントを開催する意義がある」と判断。単なる展示会ではなく、金融業界に対するハイレベルの啓蒙であり、デジタルバンキング事業を進めている出展者との商談機会の創出を目指す。それが金融業界のさらなる発展につながる。そうして取り組んだのが、DBX2020だ。




 

リアルイベントは五感で信頼感を醸成、オンラインは幅広いリーチ

ところが新型コロナの感染が拡大するなか、あらゆるイベントや興行が次々と中止となった。FITもオンライン開催に切り替えた。DBX2020も方針転換を迫られ、当初は7月に予定されていたイベントの開催を12月に延期。もともとはリアルイベントだったが、オンラインとリアルイベントのハイブリッド型で運営することに決めた。

2021年のいまでこそ、ハイブリッド型イベントを実施する例が増えてきたとはいえ、コロナが広がった当時は「リアルは不可」という同調圧力が強かった。そこをなぜ、あえてハイブリッドにしたのだろうか。

河合氏は「信念がなければ、できなかったと思います」と振り返る。「イベント直前になり、新規の感染者数が過去最高になった日、上長に呼ばれて『講演者の方が東京出張を拒否したらどうするんだ?』と聞かれました。気合いで乗り切るか、急遽中継に切り替えるか……。結果として、ハイブリッドで実施し、講演者の方にも来ていただいたのですが、これに関しては安藤が強い信念で頑張ったんです。『絶対にリアルイベントでやる意義がある』と」


日本金融通信社 国際室長 河合直氏

その信念の裏付けになったのは、米国で発表されたある記事だった。その内容をかいつまんでいえば、「人間は五感を通じて信頼関係を構築するので、視覚・聴覚しか使わないオンラインの場では、信頼関係の構築に時間がかかり、結果として商談成立までのプロセスが非効率になる」というものだ。

前述したように、 ニッキンの強みは、金融機関の現場に足を運んで来場を促し、その反応をリアルに受けることで、より良いイベント作りのサイクルを回すことにある。DBX2020は、ただでさえ啓蒙が必要な「デジタルバンキング」を掲げたイベントだ。デジタルバンキングは果たしてどのようなものなのか、先進金融機関はどのような取り組みをしているのか、生の声を聞き、展示会で体感し、名刺を交換して話をして、ようやく理解できることがある。「それで生まれるつながりがあるんです」と安藤氏はいう。クラスター感染の懸念は消えなかったが、「ハイブリッド型」のコンセプトは崩さなかった。

ハイブリッド型のメリットはほかにもある。それはオンラインの力によって、地域の垣根なく全国にアプローチできることだ。当日は、北海道から沖縄まで、全国からのアクセスがあったという。

 

社内一丸となってデジタルバンキングの啓蒙・イベント開催に動く

DBX2020は、ハイブリッドというスタイルだけでなく、開催前の準備でも苦労があった。その原因は、 デジタルバンキングの「啓蒙」に時間がかかったことだ。

事業2部に配属されて4年目、FITの運営にも携わり、DBX2020ではシステム運用や参加申し込み、出展者への説明を担当した記者の山﨑貴大氏は次のように話す。


日本金融通信社 事業部 記者 山﨑貴大氏

「そもそも、 『デジタルバンキングとはどういうものか』というところからスタートしました。私が担当したのは、デジタルバンキングのプラットフォームとなるコンテナ開発を行う出展社です。『基盤があることで、新しいサービスや金融商品が出てきた時、すぐに機能をリリースできます』と説明したのですが、当初は理解していただくのに時間がかかりました。実は金融機関で扱う商品は、他行と明確な差がないので、差別化を目指すなら、『いかに効率的に新しい商品を立ち上げるか』がポイントになります。それをデジタルバンキングでどう実現するかを説明し、啓蒙を続けました」

開催するニッキン側にも、考えがあった。「デジタルバンキングといえば、外せない」という金融機関とベンダーを、いかに多く勧誘するかが、イベントの成否を分けるからだ。「やっぱり、ここが出てないと」というところが出展していなければ、来場者も失望する。

とはいえ、コロナ禍の状況で、リアルに訪問して来場や出展を強く呼びかけるわけにはいかない。それこそ、視覚・聴覚だけのオンラインで啓蒙や出展を勧誘したものの、「実は夏が終わるころまで、出展・協賛の集まりが悪かったんです」(河合氏)と打ち明ける。出展社が集まらなければ、啓蒙活動どころではない。

実は当初、社内からも、DBX2020の開催やテーマについて、「本当に大丈夫なのか」という目があった。それでも、金融業界の未来を思えば、「やる意義はある。しかもハイブリッドで」という信念だけがあった。基調講演を依頼した金融機関の好意的な反応や来場誘致に訪問した際の金融機関の関心の高さもあり、河合氏、安藤氏、山﨑氏の行動を見て、社内から応援する空気が生まれた。そして無事12月の開催に至ったという。



 
 

次回は2022年開催、ゼロから新たにスタート

システム面を担当した山﨑氏は、開催直前まで「システムトラブルで、オンライン視聴ができないケースが発生したら」と不安があったという。特に金融業界では、旧式のWebブラウザがいまでも主流であり、視聴トラブルが懸念された。ただ、これに関してはビッグビートが用意したオンラインイベントプラットフォーム「KODOU」で事前にテストを実施しており、実際に当日はほとんどトラブルなく配信できたという。

講演者も豪華な顔ぶれになった。金融庁 総合政策局 井藤英樹政策立案総括審議官、ITへの先進的な取り組みで知られる北國銀行 頭取の杖村修司氏、福岡で立ち上がった日本初のデジタルバンク「みんなの銀行」 頭取の横田浩二氏……ソニー銀行、りそな銀行、GMOあおぞらネット銀行など、デジタルバンキングの未来を真剣に見据える金融機関が集まった。



出展社も、19社・団体のブースが出展。リアルの触れ合いによって、「商談につながったケースもあると聞いています」と河合氏はいう。イベント後のアンケートでも、出展社・来場者共に満足度が高く、特に講演については「レベルが高い」と多くの人が評価しており、「非常に不満」という回答はゼロだった。会場来場者数は680人で、オンライン視聴では、見逃し配信も含めると2,136人のアクセスがあった。

ただ、こうした成果も 「もう過去のことで、見据えるべきは未来」と河合氏はいう。

次回、DBXの開催は2022年を予定している。その時、コロナの脅威はどうなっているのか、金融業界の状況はどのようなものなのか、誰にもわからない。わかっているのはただ、今回のイベントのスタイルについていえば、「ハイブリッドにしたことで、出展社にも来場者にもある程度満足していただく結果になった」ということだ。

この成果は過去のこととして、「DBXについては、またゼロから、業界の方々に刺さるテーマや講演者を見つけ、練り上げていく予定です」と3人はいう。山﨑氏は「ニッキンの強みは、現場の細かいところまで取材し、ニーズを汲みあげることにあります。その強みを生かし、よりクオリティの高いものを作り上げたいです」と意欲を見せる。DBX2022の未来は、もう始まっている。
 
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