デザイン 2020.06.15 マーケティングとデザインで未来を変える 〜25周年特別企画・第5章 アイデアを体験に落とし込む「デザイン」とは

「マーケティング」と「デザイン」を考える本企画にあたって、これまでご紹介してきた元高知県知事の尾﨑正直さんとは別にもう1人、対談を実現できた方がいらっしゃいました。hyphenate株式会社(元 株式会社ziba tokyo)代表取締役の平田智彦さんです。

「美しい体験を創る」というミッションを掲げる同社は、プロダクト・UI・サービスなどのデザイン開発全体をリードし、デザインの力で企業や社会に貢献することを目指しています。平田さんからは、デザインが経営に結びつく・影響するという観点から、「デザイン」の役割や、「デザイン」によって生まれた変化について、いくつかの例をもとにご紹介いただきました。

 

具現化するための「デザイン」、体験をつくるための「デザイン」


hyphenate株式会社 代表取締役 平田智彦さん

平田さんは、複数の国内メーカーでプロダクトデザイン、VI計画等の業務に携わったのち、アメリカに赴任しました。この赴任期間中に、アメリカのデザインコンサルティングファーム ziba の業務を兼務されました。2006年にziba tokyoを設立し、ziba社のメソッドを日本で応用しながら、デザイン開発全体をリードする組織の代表を務めておられます。

私が平田さんとお会いする前から知っていたziba社の実績の1つが、USBフラッシュメモリの生みの親だということでした。デザインの観点から生み出された製品やサービスが、世界中の人々に利用されている。この事実から、私の持っている「デザイン」の考え方と、平田さんの考え方に何か共通する部分があるのではないかと思い、対談をお願いする運びとなりました。

私の定義する「デザイン」とは、アイデアに生命を宿すこと。つまり、アイデアを具現化することそのものです。デザインには、そのアイデアが示す機能が表れていなければなりません。

例えば、「片手で持てて、簡単に洋服の手入れができるもの」というアイデアであれば、その機能が実装されたデザインでなければなりませんし、「新規顧客300人が新サービスに触れて、ファンになってもらう施策」というアイデアであれば、それを実現するために必要な要素を押さえて、共感を生むデザインが求められます。

平田さんは「zibaには、ビジュアルとしてのデザインを提供するのではなく、顧客に最もふさわしい体験を提供するという規定がありました。USBメモリは、”刺す” という体験と、”記憶する” という体験を統合し、提案したものでした。」と語りました。

また、「私は、デザインにはストーリーが必要だと考えています。ストーリーを形成するのは、3つの要素。全体の筋書きと、1つひとつのシーンと、デザインされたもののロール(役割)です。この中でも特にロールが重要で、例えば、どのようにユーザーの手に渡るのか、ユーザーはそれをどんな風に使うのかなど、あらゆる視点からのロールを想像し、ストーリーに落とし込んでいくことが必要だと考えています。」と、平田さんは説きました。
これも最終的に1つの体験をつくるために必要な要素なのだと、私なりに感じました。

この考えから、私の考える “機能を表し具現化するための「デザイン」” と、平田さんの考える “顧客の体験をつくるための「デザイン」” で、定義は多少異なりますが、どちらもビジュアル・クリエイティブとしての意味にとどまらず、具体的なモノや体験をつくる観点からデザインを捉えている点では、近しい想いを感じました。

 

ストーリーをつくるためのセルフキャスティング

平田さんの考えるストーリーには、筋書き・シーン・ロールの3つの要素があり、特にロールが重要だと話されました。ロールを想像することは、デザインされたものが「誰に」「どんな価値を」発揮していけるのかを想像することなので、そのデザインを「どうやって」実現していくかの具体的な方法につながると感じています。

ビッグビートでは、「誰に」の問いを施策のターゲットに絞り、「どんな価値を」の問いをターゲットに対しての価値として考えることが多いのですが、平田さんがロールを想像するときにはもう少し広い視点で、最終的なターゲットに至るまでに関わる人と、その人たちにとっての価値を想像することを指していました。

平田さんからは、オレゴン州ポートランドを拠点とするアンプクア銀行の例が紹介されました。アンプクア銀行はもともと農林業従事者がメインの顧客で、長靴をはいたお客様が気軽に立ち寄れるような銀行です。カジュアルな雰囲気がゆえに顧客層が限定されてしまうことが課題で、より多くの人に利用してもらい、収益を上げていきたいとの想いを持っていました。ziba社がこの変革を支援することとなり、「顕在顧客層」「潜在顧客層」「従業員」の3つのロールを想像し、様々な提案がなされたのです。

ziba社 アンプクア銀行事例ページ
https://www.ziba.com/solutions/umpqua


「顕在顧客層」「潜在顧客層」については、新しいロゴを掲げて空間をスタイリッシュに演出することや、銀行内をいつでもコーヒーの香りで満たすことで嗅覚にも訴えるなど、新しいイメージを五感で感じてもらえる仕掛けを提案しました。その結果、それまで長靴で訪れていた顕在顧客層は仕立てのいいシャツを着て、また潜在顧客層の人々も次々と足を運ぶようになったのです。

また、「従業員」については、ホテルのコンシェルジュのような存在になることで、利用者にとっても居心地のいい空間になると考え、彼らがコンシェルジュを演じられるようなカウンターの設計や、研修プログラムなどを提案しました。従業員の意識の変化も成功し、結果として売上が1年間で2倍に成長したそうです。

このエピソードでは、「それまでとは違う自分を演じる」ことをポイントとしています。平田さんの言葉でいえば、「セルフキャスティング」をすること。
それぞれのロールで、その人たちがどんな行動をとるようになるのか、それによってどんな効果が生み出されるのか、それはどんな環境であれば実現できるのか、といった点から考え、デザインに落とし込んでいったわけです。1つの視点ではなく、複数の視点でセルフキャスティングをすることによって、1つの場所が様々な人にとって価値のある空間になったのです。

 

バイアスを外すセルフキャスティング



「それまでとは違う自分を演じること、それまでと違う視点で考えてみることに、セルフキャスティングが有効だ」と平田さんは話します。ただ私自身、想像力を働かせて違う自分になるということは、言うは易く行うは難しのことだと感じております。まずはどんな行動から始めるべきでしょうか?そんな質問を投げかけてみました。

平田さんはまず「何かに ”化ける” ということは人間の本質のようなものだと考える」と語りました。
「国内で行われているイベントの中で、ハロウィンの人気が近年急速に高まり、定着しつつありますね。仮装すること、何かに化けてみることを楽しむ人が増えているということです。”化ける” ことを楽しいと感じるのは、私たちの本質にすでに根付いているからだと思うのです。」と平田さんは述べました。

その上で、平田さんからは2つのコツが紹介されました。

1つ目は、「Unlearn」をすること。
Unlearnとは、一度学んだことを意図的に忘れる、学びをリセットすることです。過去の経験はもちろん大きな財産ですが、それだけにとらわれてしまうと、狭い範囲の中でしか思考ができなくなってしまいます。自分以外の誰かの経験の方が、この場合では活かせるのではないかと、自分の経験を疑ってみることが重要です。

もう1つは、自分が普段いかない場所・出会わない人などに、意図的に触れてみること。
無意識のうちに自分が避けてしまっているものに、あえて飛び込んでみる経験です。これは、過去にBigbeat LIVEに登壇された講演者の中にも、同じようなことを実践されている人がいらっしゃいました。ある意味で、新しい角度から物事を捉えるための必須条件かもしれません。

例えば、昔懐かしい商店街に出かけてみる、個人のアバターが設定されるような最新のバーチャルイベントに参加してみる、昔は食べられなかったものを今食べてみるなど、今まで自分からは触れてこなかったものを体感してみる。そうすると、新しい気づきはもちろんのこと、セルフキャスティングできるシチュエーションの幅が広がります。

こうしたコツからセルフキャスティングができるようになると、気づかないうちに自分が持っていたバイアスを外すことにもつながります。バイアスの外れたフラットな視点で物事を見られるようになれば、今までにない発想が生まれやすくなるでしょう。

これから、オンラインでのコミュニケーションがますます加速していくことを考えると、今までの当たり前が当たり前ではない状態になると感じています。関わった人たちがそれぞれにどんな想いを持つのか、どんな変化が起きるのか、という複数の視点から、これからのコミュニケーションを考えていく必要があるでしょう。平田さんのセルフキャスティングの考え方は、そのヒントにつながるのではないかと感じました。

 

自分を超えるための外とのつながり



平田さんのセルフキャスティングのお話から、私自身あらためて感じたことですが、「外に飛び出すこと」の重要性を再確認しました。ビッグビートの社員にはよく「お外で遊ぼう」とか「Go Global」という表現で呼びかけてきましたが、自分の見ている範囲や考えられる範囲を超えるためには、自分以外の人、もっと言えば社外の人たち、その分野の知見のある人たちと交流することやインプットする機会が重要だと思うのです。平田さんの「自分が普段いかない場所へ行ってみる」と同じ意味です。

何が正解か誰もわからない今だからこそ、外の知見をインプットすることで何かのヒントが生まれるかもしれませんし、それをアウトプットできてこそ、外に出て考えたことに価値が生まれます。

幸いなことに、今は毎日のようにオンラインのイベントなどもあちこちで開催されており、誰かとつながる機会なんていくらでもあります。物理的に外へ出なくても、外の誰かとつながることはできるのです。新しいことがどんどん試される今だからこそ、情報の鮮度も刻一刻と変わりますし、ビジネスのスピード感もうんと速く回っています。最初の一歩を恐れずに、外に飛び出していくこと。これからも変わらず大切にしていきたいと思います。

今回は、デザインの定義やセルフキャスティングについて語り合ったこと、私自身が考えたことを紹介してきました。
後編では「ホワイトスペース」「1人ひとりがクリエイターになる」というキーワードから、デザインについてより一層の深堀をしていきます。

 
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