マーケティング 2024.02.12 タイと日本をつないでHappyをつくるーパワフルな起業家サティさんのマインドセット

2023年12月、ASEANの温度を体感する旅「ビッグビート イン バンコク アロハロハツアー」が催行されました。

旅のテーマは『Think Local & Go Global!』ー自分の居場所を大切に外とつながってよりよい未来のために挑戦しよう!という意味が込められています。
(タイ・バンコクにビッグビートのメンバーが集結した様子はこちらから)


このテーマに合わせて、今回ニシタイ編集部ではASEAN・タイで挑戦されている3名にインタビューを実施。今回は、日本を紹介するWebメディアを運営する起業家サティさんに、ビッグビートの長田がお話を伺いました。


■プロフィール

Sathirat Srimaneelert (サティ)さん

Conomi Plus Co., Ltd / Conomi Select Co., Ltd 代表 
タイ出身。2003年国費留学生として来日し語学学校、専門学校を経て大学へ編入。卒業後は日本のIT企業に就職し、システムエンジニアとして3年半勤務する。その後コンサルティング会社勤務で様々なビジネスを経験しタイに帰国、起業。現在は、2つの会社を立ち上げ物販、メディア運営、企業支援などを行う。Webメディアconomiでは日本の文化や観光、グルメ、時事ニュースなど多岐に渡る情報を配信している。


conomi  https://conomi.co/



聞き手 長田裕司

株式会社ビッグビート
アカウントディビジョン シニアアカウントマネージャー
2012年に新卒入社。浜松の山奥から田舎に自慢ができる仕事をしたいと決意し、半ばミーハー根性でビッグビート/広告業の扉を叩く。新人の頃からBtoBのクライアントを営業として担当し、カンファレンスイベントや展示会、広告の企画提案、制作進行に携わる。現在は浜松に戻りテレワークで勤務。新しいチャレンジ、プレッシャーと闘いながら日々奮闘中。


 

タイと日本をつなぎたい

ーサティさんの事業について教えていただけますか?

いまは、2つの会社を経営しています。一つが物販事業を行うConomi Selectで、日本の文房具を輸入してタイで販売する事業を展開しています。今は日本製のマスキングテープを扱っていて、タイのアーティストとのコラボデザインも企画しています。今後はもっと他のカテゴリも展開していきたいです。

もうひとつがConomi Plus。こちらはconomiというメディアの運営と、お客様のサービスをタイ国内で付加価値をつけて展開するサポート・コーディネートを行っています。基本的にはタイに進出したい、またはタイで事業を展開している日系企業の支援です。最近ではハッカソンのオーガナイザーもやっていて、つい先日も150人規模で3日間のイベントを実施してきました。




ーすごくパワフルでエネルギッシュです。メディアを立ち上げたきっかけは?

conomiの前はもともとANNGLEという日本の情報を日本語とタイ語で伝えるメディアがありました。日本人オーナーがタイで立ち上げたもので、私も日本にいるときにライターとして関わっていました。

それからタイで一緒に運営するようになって、私がタイ語版を担当してSEOを強化しました。一時は外部ライターを80人くらいに増やして集中的に記事をアップしましたね。

その経験とノウハウを活かして、いまのconomiがあります。


ーそうだったんですね!conomiでも様々なジャンルの記事を紹介されていますね

日本へのインバウンドブームと合わせて、タイ国内でも日本のことが注目されています。観光、グルメ、ポップカルチャー以外にも、歴史や子育て、教育、生活のことなど、幅広く興味を持たれていますよ。

ちょっと前にバズったのは「日本人はどうやって油を捨てるのか」という記事。日本では調理に使った油は固めて捨てるけど、タイではまだそのまま水道に流すことも多いです。たぶん環境のことを意識するようになった人たちが、日本人はどうしているのかと注目したんでしょう。SNSでエコや環境のことを発信をするインフルエンサーや若い人も増えているようです。SDGsへの意識や感度が高くなっているのを感じます。

 

日本で暮らした11年

ーサティさんはいつ日本へ?

私は日本の国費留学生として2003年に初来日しました。歳がバレちゃいますね。いま25歳です。


ーあ、5歳のときに留学を……

うそですよ(笑)


ー(笑)サティさんが日本に留学することになったきっかけは?

私が子供の頃は、日本の漫画・アニメ・JPOPなどがブームになっていた時代です。私も漫画を山のように買って読んでいました。憧れの国で、いつかいきたいと思ってました。

また、私の母は英語が得意で、外国人の友達がたくさんいました。それで外国語にも興味を持ちました。アメリカやオーストラリアへの語学留学も考えましたが、とてもお金がかかるなあと難しさを感じていたんです。

そのころ、X JAPANにハマっていた親友に一緒に日本語を勉強しないかと誘われました。

元々日本も好きで外国語も学びたい気持ちがあったので、日本語を勉強することにしたんです。高3のときでしたね。日本語の先生から、国費外国人留学生制度の奨学金のことを聞いて、選考試験を受けたところ、留学できることとなりました。




ーなるほど。日本に来てからはどんなことを?

1年目は日本語学校に通い、2年目は旅行の専門学校へ。その後大学に編入して、観光経営について学びました。それから卒業後はIT企業に入社して、システムエンジニアとして働きました。


ー初めての就職、初めての日本企業ですよね。入ってみて、驚いたことは?

全然なかったですね。業務の波はあったけど定時で帰れる時もあったし、先輩も上司も優しくて、土日も一緒に遊びに行ったりしました。

エンジニアの仕事は、基本的には静かにパソコンと向き合う仕事で、オフィスもキーボードの音だけが響く環境でしたが、私だけ笑い声がうるさかったみたいで、遠くにいる同期からもいつも声が聞こえるって言われました(笑)。


ーいい環境で社会人スタートができたんですね。

いい会社でしたね。でも家族のビジネスを手伝うために、3年半で退職してタイに帰国しました。人手が足りないから手伝ってほしいと頼まれたんです。本帰国のつもりで戻ったのですが、やっぱり日本語を活かす仕事がしたい!という思いが強くなって、結局また日本に渡りました。


ーそれでまた日本へ。仕事は決まっていたのですか?

いえ、決まってなかったです。日本に着いて知り合いに相談したところ、その方が経営するコンサルティング会社で一緒に働いてみないかと誘っていただき、入社が決まりました。

私のために海外事業部を立ち上げてくれて、何でもやらせてくれたんです。私にとって全部初めてのことでしたが、何かお返ししたいと、必死で仕事をつくってきました。

翻訳、通訳、観光ガイドにツアーアレンジ。売上を立てるためにいろいろとやってみましたよ。



ある時、バンコクで美容サロンの店舗を立ち上げたいというオファーがあって、そのコーディネートを担当しました。これまで何がやりたいのか何ができるのか、自分自身はっきりわからなかったけど、このときに「タイと日本のコーディネートができそうだな」と思ったんです。

それから2年間いろいろやってみて、タイに戻って独立することにしました。

 

自分で選ぶ、自分から動く

ーサティさん、いろいろ挑戦されていますね!僕なら尻込みしちゃいます。

失敗は怖いですよ。でもどんどんやったほうが、いろいろなことを知ることができるし、いろいろな方と出会えたりします。私はそこにフォーカスしていました。

失敗することばかり考えたら、何もできない。やってみたら、いろいろ得られます。新しいことをやるときに、どっちにフォーカスして考えるかだと思います。

そして成功って最終的な結果。成功の中にはたくさんの失敗があるものです。


ーどうしたらそんなマインドになれるんでしょう

日本での10年間の生活の中で身についた考え方だと思いますね。

私は18〜29歳まで日本で過ごしました。その年代っていろいろ吸収するタイミングですよね。私はその時期に日本で暮らして、いい出会いがあって、いろいろ学んで、自分ができあがった。タイにいたらまた違う自分になっていたかもしれません。


ー出会った人や環境の影響って大きいんですね。

それもあるけど、自分がどうありたいか、どうなりたいかを考えて行動することが大切ですね。自分で選ぶんです。例えば私は、ネガティブな空気を感じたらそこから離れます。自分も含めてまわりのみんなが笑えるところ、自分が落ち着ける場所を、自分で選んできました。


ー自分で選んで行動する、確かに大事ですね!サティさんの笑顔でまわりの空気を変えてきたのも感じます。

ちなみにこれまでタイと日本で仕事をする中で、一番大変だったことは?

ありすぎて(笑)。例えば、以前「タイに日本のような立体駐車場をつくりたい」というタイ企業のサポートをしたことがあります。私がお客さんを日本に連れて提携企業を一緒に探したんですよ。



タイ国内では、立体駐車場の建設に関する安全基準や施工の法律が整っていない部分があって、文化的にも『楽観的』で、日本の制度や考え方とは大きな差がありました。担当者によってルールが変わったり、厳しい条件も現場で融通を効かせてくれたりする面はやりやすいところもありましたが、タイの作業員と日本の現場監督との間の調整が難しかったですね。

日本は『連携』が上手。タイでは『報連相』の文化はあまりありません。日本ではみんなきっちりやっているので、仕事がやりやすいですね。


ーサティさんが間をつないだからこそですね。お仕事をするうえで気をつけていることは?

お互いが気持ちよく仕事することに気をつかっています。どちらかの要望に合わせてどちらかが無理をしたり頑張ってやらなきゃいけないときもありますが、なるべくお互い歩み寄れるように。日本人同士でも価値観の違いはあるので、同じですね。

 

関わった人がHappyを感じるために

ータイと日本をつなぐお仕事、サティさんは何でそんなに頑張ってこれたのでしょう?原動力は?

私は日本から奨学金をいただいて10年以上日本で暮らして学びました。辛いこともあったけど、それもひっくるめていまの自分がいる。日本にめちゃくちゃ感謝しています。日本のためにもタイのためにもお返ししたいという気持ちで、自分にできることをやっていきたいと考えています。


ーこれからの展望をお聞かせください!

まずは10月に立ち上げたWebメディアconomiを大きくしたいですね。

conomiという名前は日本語の「好み」という意味です。ライターが自分好みで得意分野の情報をキュレーションして、自分の言葉で書いてもらう。そして読者は自分好みの記事を読む。conomiがつなぐ居心地のいい場所がつくれたらという思いで名付けました。


https://conomiplus.com/

たくさんの人が日本の奥深いいろいろな情報を知って理解して、ギャップや思い込みがなくなるといいな、と思っています。

いまは記事の質にフォーカスして、今後は動画や他のコンテンツも増やしていきたいですね。

あと、自社サービスを提供することにも挑戦したい。まだ具体的には決めていませんが、タイと日本の橋渡しをするという軸で、考えていきます。


ーサティさん、夢はありますか?

難しい質問ですね。私は若い頃は何がやりたいかわからなかったし、大きな夢はありませんでした。いまも夢っていうと難しい。大きくはないけど、自分を信じてくれているスタッフみんなが、いい環境の中で気持ちよく働ける場所をつくりたいです。


ービッグビートも「関わったすべての人がHappyを感じる」という経営理念を掲げているので、とても共感しました。サティさん、ありがとうございました!



 
Recommend
Ranking
  1. ハマロから新社会人のみなさんへ
  2. ”君は、どうしたい?” ~その身で語る2年目コンビの奮闘~
  3. 新卒採用、はじめました ~2025 spring~
  4. 2050年の仲間たちへービッグビート29歳、『はじまりの日』にルンさんと
  5. 「110%の男」が語る、オレ流仕事術|Sansan 松尾佳亮氏
Mail magazine