Bigbeat 2024.03.15 2050年の仲間たちへービッグビート29歳、『はじまりの日』にルンさんと

2024年春、ビッグビート東京オフィスに初めてタイ出身の社員が入社しました。ピアンブーチャー パピモンさん、通称ルンさんです。

今回代表ハマロが「ルンさんと“サバイ”雑談をする!」ということでニシタイ編集部も同席、取材しました。


(ルンさんとビッグビート代表 ハマロこと濱口)

 

ルンさんのストーリーを聴く!

ルンさんはASEAN推進営業部のメンバーとして入社して約1ヶ月が経ちました。広告営業を担当しています。

「これまで日本の企業で法人営業を経験してきましたが、広告業界は初めて。先輩に教えてもらって勉強中です」(ルンさん)

初めてとはいえ、これまで日系企業での様々な経験を生かしてすでにオフィスにも馴染んでいるルンさんを、ハマロは頼もしく感じていました。

2024年3月15日、ビッグビートは創業から29周年を迎えます。それとほとんど同じくらいの時代を過ごしてきたルンさんのストーリーを聞いてみたいとハマロ。ビッグビートに出会うまでと未来への想いをお聞きしてみました。


 

プロフィール

ピアンブーチャー パピモン(ルンさん)

株式会社ビッグビート
ASEAN推進営業部

2013年に交換留学生として初来日。大学を卒業後、タイで日系企業に就職し通訳として約5年間本社日本人スタッフと工場のタイ人スタッフの橋渡しを務める。その後日本に渡り、日系企業で国内の法人営業を経験。営業の幅を広げてタイやその他の国とのビジネスにも携わりたいという思いから2024年2月ビッグビートにジョインし、新たな挑戦をしている。

 

英語大好き!なルンさんが日本語を学んだ理由

「日本語を学ぶきっかけは高校生のときに先生に勧められたから。もともとは英語が好きだったのでいつかアメリカで働きたいと思っていたんです。日本について知ってたのはドラえもんくらいです(笑)」(ルンさん)

ルンさんは子供の頃から人と話すことが好きだったそうで、言語についてもっと学びたいという思いから高校では英語を専攻しました。タイでは多くの高校で第二外国語教育が行われており、ルンさんが通っていた学校では、中国語・フランス語・日本語の選択肢があったそう。家族にも相談して「タイには日系企業もたくさんあるし、将来役に立つかもしれない」と、日本語を選択しました。

進路を決める際には、先生から「ルンさんの英語の実力は十分。3か国語話せる人材はなかなかいないから日本語の勉強にもっと集中してみたらどうか」というアドバイスをうけ、大学は日本語学科に進学。そして4年生のときに交換留学生として日本に初めて訪れることになりました。



「日本人の友達の実家にホームステイをしました。ご両親もみんな優しかった。猫とも遊べて」(ルンさん)

「楽しいよね。僕も学生のころバックパックの旅でタイに行ったとき、現地で出会ったニイチャンのお家にバイクで連れていってもらったりした」(ハマロ)

ビッグビートがASEANビジネスを始めたきっかけの一つは、ハマロ自身が旅を通じてASEANの国々を大好きになったことも影響しています。

特に、ハマロにとってタイはバックパックで訪れた国であり、新婚旅行先にも選んだ思い出の地。バンコクにオフィスを構えることになったことにも様々な縁を感じるのだと振り返ります。
 

キャリアスタートに選んだ日系企業での経験

大学卒業後、ルンさんはタイで日系企業の工場に就職します。自動車部品のサプライヤーで、愛知県にある本社日本人スタッフとタイの工場で働くタイ人スタッフの通訳を務めました。

働き始めてしばらくして、友達から「日本語が上達して自然な感じになった」と言われたそうです。

「仕事をするようになってから、日本語スキルもぐんと上達しました。会議が多かったからかもしれません(笑)」(ルンさん)

「通訳だからどんだけ会議がのびても帰るわけにいかないしね」(ハマロ)

配属されたのは購買部で、少しずつ購買の仕事も兼務するようになりました。材料や機械部品の輸入の手配を担当する一方で、通訳としてとても重宝され忙しい日々を過ごします。



そんな中、通訳以外の仕事にもチャレンジしたいと考え始めたルンさん。日本語スキルも維持しながら、違う職種を目指すために「日本に行こう!」と思い立ち、シンガポールで開催されたジョブフェアに参加します。

タイとシンガポール、近いとはいえ転職のために飛べるのはなかなかの行動力。ハマロはルンさんに感心しつつ、日系企業の想いにも心を寄せました。

「日本の企業の多くは人材不足で採用にも苦労している。人材確保や海外展開したいのもあると思うけど、いろいろな価値観や考えを持つ社員と働くことで企業の文化を変えていきたい、というのもあるんじゃないかな」(ハマロ)

ビッグビートが掲げる『Think Local & Go Global!』という考え方にも“自分の居場所を大切に外とつながることで、新たな価値観に触れ未来のために創造していこう”という想いが込められています。

今回ルンさんと一緒に働くことになったのも、そんな想いでスタートしたプロジェクトなんだとハマロは続けました。


 

いざ日本へ!初めての一人暮らし

ルンさんのストーリーに戻ります。シンガポールでの出会いをきっかけに、ルンさんは日系企業の営業職に採用され、いよいよ日本で働くことになりました。

大学4年生のときに留学して約1年暮らした日本でしたが、初めての本格的な一人暮らし、初めての日本での就職。もちろん両親には心配されました。

「両親にはいろいろ言われましたね。でも行かずに後悔したくなかった。日本に行ってこそ体験できることもあるし、自分に合わなければすぐ帰国したらいいと思っていました。だから両親には自分の想いをしっかり伝えて、3年くらいしたら帰るということでなんとか説得。もう5年経ってしまいましたけど(笑)」

日本に引っ越してからまもなく、両親を呼んで自分がちゃんと一人で暮らせていることを見せたルンさん。いまでは日本で頑張るルンさんを誰よりも応援してくれています。


(ルンさんとご家族。毎日オンラインで連絡を取っているそうです)
 

ルンさんとビッグビートの『Think Local & Go Global!』

それからルンさんは約5年間、法人営業担当として日本企業を相手にたくさんの仕事を経験。そして次のステップについて考えるようになりました。

「次はタイや外国と関わる仕事にもチャレンジしたいと思うようになったんです。そして出会ったのがビッグビートでした」(ルンさん)

日本語を生かしてタイに関わり、タイに貢献できる仕事をしたい。さらにいつか、英語も生かせていけたらいいな。そう考えていたルンさんは、外資系クライアントも多く、インバウンド・アウトバウンドビジネスも行うビッグビートを知り、いろいろな仕事に挑戦できそうだと感じたと言います。

「もう一つ『会社はステージ、主役は自分』という考え方に感動しました」(ルンさん)

ハマロは、日頃から「社員のみんなには、この会社というステージで全力でプレイしてもらいたいし、できるだけ長く一緒にプレイできたらうれしい」と語っています。

ルンさんにも、このビッグビートというステージで思い切りプレイしてほしいと言うハマロ。

「2050年、世界のどこかのオフィスで『うちの会社ってもともとTOKIOがオリジナルなんだって!知ってた?』って言われるくらい、世界のいろいろなところで仕事をしている会社にしたい。ビッグビートのみんなが、ルンさんと一緒にあの時頑張ったからいまがあるんだね、って思える未来になるといいな」(ハマロ)

「タイやASEANとのハブになって、つないでいきたいですね」(ルンさん)


2024年、ビッグビート29歳。ルンさんを仲間に迎えたASEANへの挑戦は、社史に残るターニングポイントの一つとして、きっと未来の仲間たちに語り継がれるはず。

ルンさんとハマロのサバイ雑談は、ルンさんのストーリーをお聴きしながら、未来を考える心地よい時間となりました。

ニシタイ編集部では引き続きビッグビートに密着し、ASEANビジネスへの挑戦についてお伝えしていきます。
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