地域 2020.01.06 なぜIT企業が鯖江に注目するのか—Hana道場代表・竹部美樹氏
鯖江の中心地近くに佇む古い建物。昭和10年に建てられた国登録文化財の旧鯖江地方織物検査所の2階が、ITものづくり道場「Hana道場」です。
このHana道場の立ち上げから運営を担っているのが、NPO法人エル・コミュニティ 代表の竹部美樹さんです。協賛しているのは、地元の眼鏡メーカーや信用金庫のほか、SAPジャパンやNECグループ、面白法人カヤック、KDDI、インテルなど名だたるIT企業ばかり。
いま、このHana道場でプログラミングやものづくりを体験した子どもが育ち、新たなイノベーションが誕生しようとしています。一地方都市を拠点とするこの施設に、なぜグローバル企業が注目するのか。そこには竹部さんが抱いている「使命感」と、その使命に共感を呼び覚ます「巻き込み力」がありました。
NPO法人エル・コミュニティ 代表 竹部美樹さん
福井県鯖江市の中心地にほど近い松阜(まつおか)神社。神社に通じる鳥居の横に、4歳から74歳まで幅広い年代の人が集うITものづくり道場・Hana道場があります。
Hana道場の正式名称は「Hana Open Innovation Dojo」。Dojoは文字通り日本語の“道場”のことで、「ここは教える場ではなく、修行する場です。なので、自分で考え、自分で成長していく環境を提供しています」と、この施設の立ち上げ・運営を担った竹部さんは説明します。
ただ、地域の人が集うものづくりの場で、Hana Open Innovation Dojoという横文字の施設名はなじみにくい。竹部さんはそう考え、Hana道場と呼びやすい通称にし、道場らしい筆文字のロゴを掲げました。
この道場には、レーザーカッターや3Dプリンターなど、アイディアを自由に形にできる設備が整っているほか、小・中学生がプログラミングの基礎を学べる開発プラットフォーム「IchigoJam」を提供し、地元の福井工業高等専門学校(福井高専)の学生や大学生がプログラミングを教えながら、子ども発の新しいアイディアを形にするワークショップや集いが行われています。
プログラミング専用こどもパソコン「IchigoJam」
実はこのIchigoJamを開発したのは、Hana道場の運営に携わる株式会社jig.jpの取締役会長である福野泰介さん。福野さん自身も福井高専の卒業生ですが、当時から「データ活用できる人材を早い段階から育てていく必要がある」と感じており、IchigoJamを開発したそうです。
IchigoJamは、テレビとキーボードをつなげば誰でも気軽にBASICプログラミングを始められる基盤で、現在はHana道場以外にも、プログラミングや電子工作教材としていろいろな地域で活用されています。2017年には、このIchigoJamを使って、中高生が「さばえカニロボット」を開発しました。
テレビにも取り上げられた「さばえカニロボット」
動作のプログラミングを開発したり、外装のデザインを考えてプロトタイプをレーザーカッターで作ったり……、中高生が楽しんでものづくりを行い、コンテストに挑戦し、新しいイノベーションがまさにこの場から育とうとしています。
「いま、東京では優秀なエンジニアを採用することがとても難しくなっています。私は、このHana道場の目の前に新しくコミュニティシェアオフィスを作る予定で、東京のIT企業のサテライトオフィス誘致を行なっているのですが、『鯖江の5年後を見てください』と説明しています。この地域から、エンジニアリングが好きで、ものづくりが好きで、プログラミングやデータ活用のセンスに秀でた人材が出ますよ、と。
鯖江ではいま、即戦力になる子どもたちが育っています。東京から見たら鯖江は小さな一地方でしかありませんが、ここにいる子どもたち、そして学生には、東京と同じくらい最先端のことを学べる環境を提供し、次の未来につなげていきたいんです」(竹部さん)
Hana道場(建物は国の登録有形文化財「旧鯖江地方織物検査所」)
このHana道場の運営に当たっては、名だたるIT企業や国内大手企業が協賛しています。先述したjig.jpのほか、SAPジャパン、KDDI、伊藤園、インテル、NECグループ……。
もちろん、福井地域に根付く福井信用金庫や田中眼鏡、ボストンクラブ(眼鏡の企画製造販売)、サッカークラブのパトリアーレSABAEも協賛しています。実は、Hana道場という名称も、協賛企業のSAPジャパンのデータ処理プラットフォーム「SAP HANA」に倣ったものだそうです。
鯖江市の一NPO法人が、なぜこれだけの企業を巻き込むことができたのでしょうか?
竹部さんはひとこと、「必死だからでしょうね」と説明します。
「私たちがいま進めているのは、『地域の担い手育成』です。Hana道場の取り組みだけを切り取ると、企業の協賛を得てIT体験ができる場所を運営しているだけのように見えますが、私が本来目指しているのは、鯖江という地域を良くしていきたいということです。その取り組みを税金だけに頼るのではなく、自分たちが経営視点を持って進めることで、切り込んでいかないといけない課題に深く関与できますし、思い切った取り組みも可能になる。
近年、鯖江に限らず地方都市は課題が山積していますが、自分では何一つ動かず、『行政は何もしてくれない』と不満をもらす人が多すぎます。まず大切なのは行動です。
それも、税金依存から脱却することで、自分たちの行動が生み出す価値を必死に考えますし、PRします。それが次の行動につながり、協力してくれる人が少しずつ集まってくる、そう考えています」(竹部さん)
竹部さんが地域の担い手育成のため、最初に手がけたのは「鯖江市地域活性化プランコンテスト」です。このコンテストが開催されたのは2008年で、キャッチコピーは「鯖江の市長をやりませんか?」というものです。
これは、全国の学生から参加者を募り、市長になったつもりで鯖江の未来を考えるという地域活性化プランコンテスト。
それまでもほかの地方都市で地域活性化プランのコンテストは開催されていましたが、その多くは地元の学生に限られていました。全国の学生に門戸を広げたのは、この鯖江市のコンテストが初めてだったそうです。
いまでこそ、鯖江といえば日本の眼鏡製造シェアトップであり、近年はオープンデータシティとして、行政データのオープン化にいち早く取り組むなどの実績がありますが、「2008年当時は、鯖江の知名度はほとんどありませんでした」と竹部さんは振り返ります。
それでもこの地域活性化プランコンテストは、文字通り全国の大学生から注目され、北は北海道から南は九州、さまざまな地域の学生が自腹で交通宿泊費を出し、鯖江に集まって思い思いの地域活性化プランを発表しました。東京の有名大学からも学生が集まり、現在では東京大学、京都大学、慶應義塾大学、早稲田大学の順番に参加者が多いそうです。
「多くの地方都市は地元の学生限定ですが、その理由は開催費用を地方税で賄っているからです。地方税の場合、どうしても全国の学生を対象にするという話にはなりません。
もちろん、このコンテストのキャッチコピーが『市長をやりませんか』というものなので、市にも協力してもらい、市長に審査に来ていただいたのですが、始めた当初第1回は市からのお金は一切受け取りませんでした。鯖江商店街の方に協賛営業をして、お金や人的リソースの面で全面協力を仰ぎながら開催したんです」(竹部さん)
地方税でイベントを運営すると、確かに地域に限定される事項もありますが、開催に当たってはずっと楽なはず。それをあえて断り、地元協賛にこだわったのは、竹部さんが抱いていた“ある危機感”がありました。
竹部さんは学生時代と社会人時代の2回、東京で暮らしていた経験があります。高校卒業後に東京の学校に通い、一度は県内の実家の家業に従事したものの、「一度は東京で働きたい」ということで、都内ITベンチャー企業に勤務。そうした東京生活のなかで、同じ学生といえど地方都市と東京との間で、大きな“差”があることを痛感したそうです。
竹部さんが勤務していたITベンチャー企業では、学生を対象にしたビジネスコンテストを開催していました。参加したい学生からメールで問い合わせが来るのですが、東京の学生が、件名や時候の挨拶などしっかりとしたビジネスメールを送ってくることに比べ、地方の学生の多くは携帯キャリアのメールアドレスから、本文改行もなく、友だちに送るメールのように「応募はどうすればいいんですか。詳しいことを教えてください」など気軽な文面でメールを送るケースが見られたそう。
知りたいことに絞って文面を作ることは、決して悪いことではありません。ただ東京の学生は、ビジネスマナーとしてより洗練された振る舞いをし、かつプレゼン内容も非常に優れているケースが多かったそうです。
「福井の大学生のなかには、県外の進学を許してもらえなかった人や、第一志望に行けなくて進学した人も多いんです。なので、何となく活気がない。同じ年代で、同じ学生で、こんなに意識が高く、いろんな課題解決に取り組みたいと思っている人がいるんだよ、と、このコンテストで実感してほしかったんです」(竹部さん)
竹部さんが考えたとおり、鯖江市地域活性化プランコンテストの運営に携わった学生は、同じ学生が鯖江の課題を一所懸命に取り組み、優れたアイディアを提案する様を見て、衝撃を受けました。
「地域の問題は、自分たちの問題なのに、何のゆかりもない学生がわざわざ自費をかけ、いいアイディアを出そうと奮闘している」——この経験をきっかけに、学生は変わりました。自分たちが考え、行動しようという意識が芽生えたそうです。
竹部さんは、東京と地方の差がどこにあるかを考えました。自らの経験を元に導き出したのは、「経験する環境の有無」です。
東京は情報量も多く、さまざまな人が集まるので、極端な話、自分から積極的に動かなくても何かを経験する機会は山ほど降ってきます。しかし地方にはその機会がありません。大人であれば、その機会を求めて都市部に移ることができますが、学生は自分の置かれた環境で暮らすしかありません。「だったら、未来の学生に向けて、その環境を作るのは大人の役目のはずです」と竹部さんは話します。
「何かをやりたい」と考えた学生のために、竹部さんは「東京ではインカレサークルや学生団体が集まって、いろいろな取り組みをしている。福井の学生で、学生団体を作ったらどうか」と提案しました。そこで2010年に誕生したのが学生団体withです。
いま、鯖江市地域活性化プランコンテストは学生団体withが運営主体となっているほか、地域活性化プランで出たアイディアを実践し、地域の活性化やつながり強化に貢献しています。
この地域活性化プランコンテストの開催を通じ、さまざまなIT企業とつながりができました。たとえばSAPジャパンは、jig.jpの福野さんから「オープンデータの取り組みを知りたいなら、鯖江を視察するといい」と誘われ、鯖江に縁ができたそうです。
竹部さんの取り組みを応援してきた福野さんは、竹部さんにSAPジャパンの担当者を紹介し、それをきっかけに地域活性化プランコンテストに興味を持ち、スポンサーとなりました。
Hana道場協賛企業のほとんどは、この地域活性化プランコンテストが契機ということです。「いきなりHana道場につながったのではなく、こういう流れがあって、いまにつながっているんです」と竹部さんは説明します。
Hana道場の特徴は、プログラミングを教える人材も地域で育成し、その人材が学校に教えていく“地産地消”を実現していること。2020年、小学校でプログラミング教育が始まりますが、学校という場でどこまで教育が可能なのか、非常に難しい岐路に立たされているのも事実です。
そうした点を、地域のNPOが補うことで、教育環境を整える——この官民学連携プログラミング教育モデルを他地域に展開すべく、竹部さんのエル・コミュニティは2019年7月、KDDIとパートナーシップを結びました。
マニュアルなど慣れない書類づくりに奔走しながら、「地域が頑張り、その地域がつながることで、新しい価値創出につながるかもしれません」と竹部さんは笑顔で話します。
そんな竹部さんですが、実は働いていた東京から鯖江に戻る時にはとても悩んだとのこと。「東京の方がやっぱり、刺激もあって楽しい。鯖江に戻っても退屈するだけかも」と思っていた竹部さんは、親交のあった福野さんから「つまらないなら、作ればいいじゃない」とアドバイスされ、視界がパッとひらけたそうです。
「未来を担う子どもたちや学生に向け、いろんな経験ができる環境をもっと整えたい。そのためには、やることがたくさんあります。
税金に依存しないと決めているから、Hana道場は様々な自主事業を行っていますし、協賛企業に営業もします。アドバイスを受けたら、すぐそれに取り掛かる。そんな熱心さや行動力がほかの人を動かし、それが鯖江のイノベーションにつながればいいですね」(竹部さん)
(写真左)インタビュアー/野北瑞貴(ビッグビート マーケティングチーム ディレクター)
[撮影]前田龍央(AURACROSS)
[執筆]岩崎史絵
このHana道場の立ち上げから運営を担っているのが、NPO法人エル・コミュニティ 代表の竹部美樹さんです。協賛しているのは、地元の眼鏡メーカーや信用金庫のほか、SAPジャパンやNECグループ、面白法人カヤック、KDDI、インテルなど名だたるIT企業ばかり。
いま、このHana道場でプログラミングやものづくりを体験した子どもが育ち、新たなイノベーションが誕生しようとしています。一地方都市を拠点とするこの施設に、なぜグローバル企業が注目するのか。そこには竹部さんが抱いている「使命感」と、その使命に共感を呼び覚ます「巻き込み力」がありました。
5年後には、Hana道場をきっかけに優秀なIT人材が生まれる
NPO法人エル・コミュニティ 代表 竹部美樹さん
福井県鯖江市の中心地にほど近い松阜(まつおか)神社。神社に通じる鳥居の横に、4歳から74歳まで幅広い年代の人が集うITものづくり道場・Hana道場があります。
Hana道場の正式名称は「Hana Open Innovation Dojo」。Dojoは文字通り日本語の“道場”のことで、「ここは教える場ではなく、修行する場です。なので、自分で考え、自分で成長していく環境を提供しています」と、この施設の立ち上げ・運営を担った竹部さんは説明します。
ただ、地域の人が集うものづくりの場で、Hana Open Innovation Dojoという横文字の施設名はなじみにくい。竹部さんはそう考え、Hana道場と呼びやすい通称にし、道場らしい筆文字のロゴを掲げました。
この道場には、レーザーカッターや3Dプリンターなど、アイディアを自由に形にできる設備が整っているほか、小・中学生がプログラミングの基礎を学べる開発プラットフォーム「IchigoJam」を提供し、地元の福井工業高等専門学校(福井高専)の学生や大学生がプログラミングを教えながら、子ども発の新しいアイディアを形にするワークショップや集いが行われています。
プログラミング専用こどもパソコン「IchigoJam」
実はこのIchigoJamを開発したのは、Hana道場の運営に携わる株式会社jig.jpの取締役会長である福野泰介さん。福野さん自身も福井高専の卒業生ですが、当時から「データ活用できる人材を早い段階から育てていく必要がある」と感じており、IchigoJamを開発したそうです。
IchigoJamは、テレビとキーボードをつなげば誰でも気軽にBASICプログラミングを始められる基盤で、現在はHana道場以外にも、プログラミングや電子工作教材としていろいろな地域で活用されています。2017年には、このIchigoJamを使って、中高生が「さばえカニロボット」を開発しました。
テレビにも取り上げられた「さばえカニロボット」
動作のプログラミングを開発したり、外装のデザインを考えてプロトタイプをレーザーカッターで作ったり……、中高生が楽しんでものづくりを行い、コンテストに挑戦し、新しいイノベーションがまさにこの場から育とうとしています。
「いま、東京では優秀なエンジニアを採用することがとても難しくなっています。私は、このHana道場の目の前に新しくコミュニティシェアオフィスを作る予定で、東京のIT企業のサテライトオフィス誘致を行なっているのですが、『鯖江の5年後を見てください』と説明しています。この地域から、エンジニアリングが好きで、ものづくりが好きで、プログラミングやデータ活用のセンスに秀でた人材が出ますよ、と。
鯖江ではいま、即戦力になる子どもたちが育っています。東京から見たら鯖江は小さな一地方でしかありませんが、ここにいる子どもたち、そして学生には、東京と同じくらい最先端のことを学べる環境を提供し、次の未来につなげていきたいんです」(竹部さん)
地域課題に深く切り込むため、「税金依存」に陥らない
Hana道場(建物は国の登録有形文化財「旧鯖江地方織物検査所」)
このHana道場の運営に当たっては、名だたるIT企業や国内大手企業が協賛しています。先述したjig.jpのほか、SAPジャパン、KDDI、伊藤園、インテル、NECグループ……。
もちろん、福井地域に根付く福井信用金庫や田中眼鏡、ボストンクラブ(眼鏡の企画製造販売)、サッカークラブのパトリアーレSABAEも協賛しています。実は、Hana道場という名称も、協賛企業のSAPジャパンのデータ処理プラットフォーム「SAP HANA」に倣ったものだそうです。
鯖江市の一NPO法人が、なぜこれだけの企業を巻き込むことができたのでしょうか?
竹部さんはひとこと、「必死だからでしょうね」と説明します。
「私たちがいま進めているのは、『地域の担い手育成』です。Hana道場の取り組みだけを切り取ると、企業の協賛を得てIT体験ができる場所を運営しているだけのように見えますが、私が本来目指しているのは、鯖江という地域を良くしていきたいということです。その取り組みを税金だけに頼るのではなく、自分たちが経営視点を持って進めることで、切り込んでいかないといけない課題に深く関与できますし、思い切った取り組みも可能になる。
近年、鯖江に限らず地方都市は課題が山積していますが、自分では何一つ動かず、『行政は何もしてくれない』と不満をもらす人が多すぎます。まず大切なのは行動です。
それも、税金依存から脱却することで、自分たちの行動が生み出す価値を必死に考えますし、PRします。それが次の行動につながり、協力してくれる人が少しずつ集まってくる、そう考えています」(竹部さん)
竹部さんが地域の担い手育成のため、最初に手がけたのは「鯖江市地域活性化プランコンテスト」です。このコンテストが開催されたのは2008年で、キャッチコピーは「鯖江の市長をやりませんか?」というものです。
これは、全国の学生から参加者を募り、市長になったつもりで鯖江の未来を考えるという地域活性化プランコンテスト。
それまでもほかの地方都市で地域活性化プランのコンテストは開催されていましたが、その多くは地元の学生に限られていました。全国の学生に門戸を広げたのは、この鯖江市のコンテストが初めてだったそうです。
いまでこそ、鯖江といえば日本の眼鏡製造シェアトップであり、近年はオープンデータシティとして、行政データのオープン化にいち早く取り組むなどの実績がありますが、「2008年当時は、鯖江の知名度はほとんどありませんでした」と竹部さんは振り返ります。
それでもこの地域活性化プランコンテストは、文字通り全国の大学生から注目され、北は北海道から南は九州、さまざまな地域の学生が自腹で交通宿泊費を出し、鯖江に集まって思い思いの地域活性化プランを発表しました。東京の有名大学からも学生が集まり、現在では東京大学、京都大学、慶應義塾大学、早稲田大学の順番に参加者が多いそうです。
「多くの地方都市は地元の学生限定ですが、その理由は開催費用を地方税で賄っているからです。地方税の場合、どうしても全国の学生を対象にするという話にはなりません。
もちろん、このコンテストのキャッチコピーが『市長をやりませんか』というものなので、市にも協力してもらい、市長に審査に来ていただいたのですが、始めた当初第1回は市からのお金は一切受け取りませんでした。鯖江商店街の方に協賛営業をして、お金や人的リソースの面で全面協力を仰ぎながら開催したんです」(竹部さん)
地方税でイベントを運営すると、確かに地域に限定される事項もありますが、開催に当たってはずっと楽なはず。それをあえて断り、地元協賛にこだわったのは、竹部さんが抱いていた“ある危機感”がありました。
地方と東京の差は、「経験できる環境」の有無
竹部さんは学生時代と社会人時代の2回、東京で暮らしていた経験があります。高校卒業後に東京の学校に通い、一度は県内の実家の家業に従事したものの、「一度は東京で働きたい」ということで、都内ITベンチャー企業に勤務。そうした東京生活のなかで、同じ学生といえど地方都市と東京との間で、大きな“差”があることを痛感したそうです。
竹部さんが勤務していたITベンチャー企業では、学生を対象にしたビジネスコンテストを開催していました。参加したい学生からメールで問い合わせが来るのですが、東京の学生が、件名や時候の挨拶などしっかりとしたビジネスメールを送ってくることに比べ、地方の学生の多くは携帯キャリアのメールアドレスから、本文改行もなく、友だちに送るメールのように「応募はどうすればいいんですか。詳しいことを教えてください」など気軽な文面でメールを送るケースが見られたそう。
知りたいことに絞って文面を作ることは、決して悪いことではありません。ただ東京の学生は、ビジネスマナーとしてより洗練された振る舞いをし、かつプレゼン内容も非常に優れているケースが多かったそうです。
「福井の大学生のなかには、県外の進学を許してもらえなかった人や、第一志望に行けなくて進学した人も多いんです。なので、何となく活気がない。同じ年代で、同じ学生で、こんなに意識が高く、いろんな課題解決に取り組みたいと思っている人がいるんだよ、と、このコンテストで実感してほしかったんです」(竹部さん)
竹部さんが考えたとおり、鯖江市地域活性化プランコンテストの運営に携わった学生は、同じ学生が鯖江の課題を一所懸命に取り組み、優れたアイディアを提案する様を見て、衝撃を受けました。
「地域の問題は、自分たちの問題なのに、何のゆかりもない学生がわざわざ自費をかけ、いいアイディアを出そうと奮闘している」——この経験をきっかけに、学生は変わりました。自分たちが考え、行動しようという意識が芽生えたそうです。
竹部さんは、東京と地方の差がどこにあるかを考えました。自らの経験を元に導き出したのは、「経験する環境の有無」です。
東京は情報量も多く、さまざまな人が集まるので、極端な話、自分から積極的に動かなくても何かを経験する機会は山ほど降ってきます。しかし地方にはその機会がありません。大人であれば、その機会を求めて都市部に移ることができますが、学生は自分の置かれた環境で暮らすしかありません。「だったら、未来の学生に向けて、その環境を作るのは大人の役目のはずです」と竹部さんは話します。
「何かをやりたい」と考えた学生のために、竹部さんは「東京ではインカレサークルや学生団体が集まって、いろいろな取り組みをしている。福井の学生で、学生団体を作ったらどうか」と提案しました。そこで2010年に誕生したのが学生団体withです。
いま、鯖江市地域活性化プランコンテストは学生団体withが運営主体となっているほか、地域活性化プランで出たアイディアを実践し、地域の活性化やつながり強化に貢献しています。
地方発の事業モデルを日本全国に展開する
この地域活性化プランコンテストの開催を通じ、さまざまなIT企業とつながりができました。たとえばSAPジャパンは、jig.jpの福野さんから「オープンデータの取り組みを知りたいなら、鯖江を視察するといい」と誘われ、鯖江に縁ができたそうです。
竹部さんの取り組みを応援してきた福野さんは、竹部さんにSAPジャパンの担当者を紹介し、それをきっかけに地域活性化プランコンテストに興味を持ち、スポンサーとなりました。
Hana道場協賛企業のほとんどは、この地域活性化プランコンテストが契機ということです。「いきなりHana道場につながったのではなく、こういう流れがあって、いまにつながっているんです」と竹部さんは説明します。
Hana道場の特徴は、プログラミングを教える人材も地域で育成し、その人材が学校に教えていく“地産地消”を実現していること。2020年、小学校でプログラミング教育が始まりますが、学校という場でどこまで教育が可能なのか、非常に難しい岐路に立たされているのも事実です。
そうした点を、地域のNPOが補うことで、教育環境を整える——この官民学連携プログラミング教育モデルを他地域に展開すべく、竹部さんのエル・コミュニティは2019年7月、KDDIとパートナーシップを結びました。
マニュアルなど慣れない書類づくりに奔走しながら、「地域が頑張り、その地域がつながることで、新しい価値創出につながるかもしれません」と竹部さんは笑顔で話します。
そんな竹部さんですが、実は働いていた東京から鯖江に戻る時にはとても悩んだとのこと。「東京の方がやっぱり、刺激もあって楽しい。鯖江に戻っても退屈するだけかも」と思っていた竹部さんは、親交のあった福野さんから「つまらないなら、作ればいいじゃない」とアドバイスされ、視界がパッとひらけたそうです。
「未来を担う子どもたちや学生に向け、いろんな経験ができる環境をもっと整えたい。そのためには、やることがたくさんあります。
税金に依存しないと決めているから、Hana道場は様々な自主事業を行っていますし、協賛企業に営業もします。アドバイスを受けたら、すぐそれに取り掛かる。そんな熱心さや行動力がほかの人を動かし、それが鯖江のイノベーションにつながればいいですね」(竹部さん)
(写真左)インタビュアー/野北瑞貴(ビッグビート マーケティングチーム ディレクター)
[撮影]前田龍央(AURACROSS)
[執筆]岩崎史絵