マーケティング 2019.06.20 マーケティングの本質とは|アドビ 小沢匠氏

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アドビ システムズ 株式会社 プロフェッショナル サービス事業本部 執行役員 事業本部長 小沢 匠さん

  〈Bigbeat LIVE 登壇者インタビュー①〉
世界的に有名なソフトウェアメーカーであるアドビ。2017年にビジネスモデルを大きくチェンジし、サブスクリプション型ビジネスの成功企業として大きな話題を呼んでいます。
変革を続けるアドビのチェンジマネジメントリーダーであり、カスタマーソリューションズ統括本部 プロフェッショナル サービス事業本部 執行役員 事業本部長の小沢 匠さんは、変化を嫌うチェンジモンスターたちと、どう対峙されているのでしょうか。ビッグビート 濱口 豊がお話を伺いました。

 

バイオリニストからマーケターへ



濱口

小沢さんは、外資系コンサルティングファーム出身の生粋のコンサルタントの方かと勝手に想像していたのですが、実は元・音楽家でいらっしゃるとお聞きして非常に驚きました。これまでどんなキャリアを歩んで来られたのですか?

小沢さん
3歳からバイオリンを始めました。好きな女の子のバイオリンの発表会を見に行ったときに、「僕もあれやりたい!」と叫んだそうで(笑)。そのままずっとバイオリンを続けて、中学の頃にはドイツのオーケストラに入るのが夢でした。

その後、武蔵野音楽大学に入学したのですが、ある日、母に連れられて、ジャズバイオリニストのステファン・グラッペリの追悼コンサートに行ったんです。それまで僕は“クラシック以外は音楽じゃない”と思っていたのですが、初めてジャズの世界に触れて、大感動してしまって。

クラシックは決められた音楽を極限まで美しく観客に届けて拍手をもらう世界ですが、ジャズはある程度の楽譜や決まりはあるものの、ミュージシャン同士やお客様とも対話をしながら音楽をその場でつくっていくんですよね。その場にいるすべての人が幸せになっている姿を目の当たりにして、思わずパンフレットの裏に「あなたの弟子になりたい。電話してくれ」とメッセージを書いて、舞台から降りてきた演者の方に渡したのが僕とジャズとの出会いです。

濱口
すごい行動力ですね。まさか電話はかかって来ないでしょう?

小沢さん
それがかかってきたんですよ。たまたまその方がテレビ番組で講師を務めるために、誰かに教える実験をしたいと思っていたタイミングだったそうで、運良く弟子になることができて。1年生の後期からはほとんど大学にも行かず、六本木のジャズバーに入り浸るようになりました。そこで周りの人たちが「ジャズをやりたいなら絶対にバークリー音楽院へ行け!」と言うので、大学を辞めてバークリー(音楽院)に入りました。

濱口
またそこでも行動力がすごい。

小沢さん
日本の師匠に「演奏で食うのは厳しいから、映像音楽で稼ぎながら好きなことをしたほうがいい」と言われたので、バークリー(音楽院)ではフィルムスコアリングを専攻して、映像に音を付ける技術を学びました。それで卒業後は音響効果の仕事をするようになって、最初は1作品0ドルだったところから、100ドル、200ドルと増えていき、最後は2,000ドルくらいまでもらえるようになりました。



濱口
アメリカで順調に音楽家の道を歩まれていたのに、なぜ日本に戻られたんですか?

小沢さん
25歳のときに、父親が病気で余命半年だということを知ったんです。母親と電話で話しているときに、異変に気がついて。僕が向こうで成功し始めていたので、僕の邪魔になりたくない、と病気のことを隠していたらしいのですが、僕の中に帰国する以外の選択肢はありませんでした。

帰国後はNHKに出向して、教育番組の音響素材を制作していました。そうこうしているうちに、とうとう父親が亡くなってしまい、父親が遺した借金を僕が返すことになったんです。父親は経営者で、デザインの仕事をしていました。

濱口
音響効果の仕事だけで返済するのは、厳しかったのでは?

小沢さん
そうなんです。音響効果の仕事では、金利すら返せませんでした。そこで、転職して平日の給料を上げることと、週末にバイオリンに関わる仕事をして返すことにしました。

転職先は、当時、流行っていた着うたや着メロの公式サイトを運営していたエムティーアイ(『music.jp』)です。募集職種が『サウンドデザイナー』だったので、てっきり音をつくる仕事だと思って入ったら、実際は制作の仕事ではなく企画の仕事だったんですね。どんなアーティストの着うた・着メロをつくって、どんなページをつくって、どれだけの予算をどう振り分けて、どんな広告に出稿しながらどれだけの会員を獲得して、どうLTVを伸ばすか…といったことを考える、まさにマーケティングの仕事です。



濱口
それはおいくつのときですか?

小沢さん
27歳ですね。『music.jp』で公式サイトのスキームは十分に学べたので、次は勝手サイトの中で最も大きかった『モバゲータウン』を運営しているDeNAに転職することにしました。

上司から「ゲームつくるの興味ある?」と言われたのですが、僕は強い興味が持てなかったんです。それよりもマーケティングを追求したいという想いの方が強かったんです。たしか2-3回断ったと思うのですが、それでも当時の尊敬する上司が言い続けてくれたときに、「これはもうやるしかない」と腹をくくりました。「どうせやるならマーケティングの手法を使って、日本にはないプロダクトをつくってやるぞ」と。

そこで様々なヒットゲームを徹底的に分析し、日本の文化をミックスしてプロダクトアウトすることにしました。そうしてできたのが『怪盗ロワイヤル』です。

濱口
それが爆発的にヒットして、大成功を収められたわけですね。

小沢さん
いや、それが当時の上司から「目標の10倍も売り上げるなんて、おまえはマーケターとして3流だ」と言われてしまったんです。「一流のマーケターは、プラスマイナス5%以内の差異で抑えるものだ」って。

爆発的に売れてしまうと、サプライチェーンを壊してしまうんですよね。それによって、生産者・受給者・供給者の誰かを不幸にしてしまう。「おまえがヒットさせたのは3流の仕事だから、今すぐこの会社を辞めてちゃんとデータを扱っているグローバル企業に行きなさい」と言われたので、当時SiteCatalyst(現Adobe Analytics)を買収したばかりのアドビに転職することにしました。

濱口
厳しいですね。

小沢さん
僕のキャリアで一貫しているのは、バイオリンを弾いている頃から今もずっと変わらず、“お客様から拍手と対価をもらうこと”だと思っています。

濱口
お父様と同じ経営者の道を進もうとは思われなかったのですか?

小沢さん
父親のことは心から尊敬していますが、僕は絶対に起業はしないし、経営者にもならないと決めています。それが僕なりの家族に対する責任の取り方なので。
 

マーケティングもマネジメントもゴールは同じ 



濱口

ところで「マーケティング」と「マネジメント」という、日本語に訳しにくい2つの英単語がありますが、これらをわかりやすく教えるとしたら、どう説明されますか?

小沢さん
マーケティングもマネジメントも、ゴールは同じだと思っています。自分が関わるモノ・コト・ヒト、すべてを幸せにするサイクルをつくること。そこにはいろいろな難しさがあって、それを“どうにかする”のがマネジメントですね。

濱口
よくわかります。

小沢さん
私の大事なクライアントが「BtoBのマーケターはMQLではなくSQLまで責任を持って、さらにその先のコンバージョンやLTVまでちゃんと見ることが大切だ」とおっしゃっていたのですが、これも幸せにするひとつのマーケティングの仕組みだし、それを実現するために”どうにかする”のがマネジメントだと思っています。

濱口
経営を英語訳すると“management”になりますが、いわゆるマネジメントと経営は違いますよね?

小沢さん
そうですね。弊社ではマネージャー・ディレクター・VP・シニアリーダーシップと役職が細かく分かれていて、この中でマネジメントをするのはマネージャーだけです。シニアリーダーシップはボードメンバーを指すのですが、この人たちは経営のリーダーであって、マネジメントはしません。ただ、日本の経営者は全部やっているイメージがありますよね。

濱口
特に中小零細企業はそうですね。

小沢さん
僕がやっているチェンジマネジメントの仕事は、その日本的経営を分解して、”どうにかする”ことに行き詰った人たちを、どうにかして助けることなんです。「日々の業務の中で、どうにかしたいのに、これ以上どうにもできない」と困っておられるところにメスを入れるのが、僕の仕事ですね。

濱口
なるほど。

小沢さん
そのときに必ず直面する課題が人間の心理です。オペレーションそのものを最適化するのは簡単なんですよ。でも、そのためには、それまで慣れ親しんできたやり方を変えたくない人たちの心を動かさないといけない。そこに難しさを感じているお客様が多いと思いますね。

濱口
チェンジモンスターってやつですね。

小沢さん
心理的安全性を脅かされるときほど、人間の防衛本能が働くときはないですから。ビジネス界においては、特に男性の嫉妬・不安・不信ほど怖いものはありません。

濱口
人の心を動かす術は、どうやって身につけたのですか?
 


小沢さん

失敗ばかりですよ。8割はうまくいっていないと思います。中でも一番難易度が高いのが、PMI (ポスト・マージャー・インテグレーション)だと考えました。
M&A における PMI を甘く見ている会社が多く、結果として統合変革が出来ずに失敗する事例を多く聞いていました。そこで事例を徹底的に研究して、自分の組織をどう変えていこうか、と当てはめて考えていきました。

濱口
チェンジマネジメントの話について、まだまだ伺いたいところなのですが、「続きは8月2日のBigbeat LIVEで」ということで、最後にこのイベントに対するご期待をお聞かせいただけますか。

小沢さん
「組織に対して、不満を持っている人は?」と聞くと、みんな手を挙げるじゃないですか。つまり、誰しもチェンジエージェントだということです。ただ最初の一歩の踏み出し方がわからないとか、どこから踏み出せばいいのかわからないから、動けないだけであって。そんな方たちに向けて、最初の一歩と全体像を示すことができればいいですし、そんなチェンジエージェントの方たちのアウトプットが集まるソサイエティが生まれたら嬉しいなと思っています。

濱口
Bigbeat LIVEは「『勉強になりました』は敗北の言葉」をスローガンにしていて、今年も何かひとつでも動き出してもらえるイベントにしたいと思っていますので、ぜひよろしくお願いいたします。今日はありがとうございました!


 

[撮影]野村昌弘
[執筆]野本纏花
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