マーケティング 2018.12.10 カスタマーサクセス×マーケティング ― デジタル時代の三方よし!



「自社のマーケティングを何とかしたい!」と考えているマーケターを招き、明日すぐできる変革のヒントを考えるビッグビートのミートアップ「生・おきゃく」。今回はサクセスラボ株式会社 代表取締役 弘子 ラザヴィさんと、Still Day One合同会社代表社員、パラレルマーケター/エバンジェリストの小島 英揮さんを迎え、「カスタマーサクセス×マーケティング」をテーマに、ビッグビート代表 濱口 豊とともにトークセッションを行いました。(取材・執筆 野本纏花)

 

カスタマーサクセスとは新しい考え方なのか?

マーケティングをテーマにしてきたビッグビートが今回「カスタマーサクセス」を取り上げたのは、「カスタマーサクセス――サブスクリプション時代に求められる「顧客の成功」10の原則」(英治出版)を濱口がある方からご紹介いただいたことがきっかけでした。




「顧客への対応から伴走へ」という内容に深く納得し「商品やサービスは売るものではなく買っていただくもの、使っていただくもの。そして、できたら使い続けていただくもの。おそらく昔の電気屋さんや田舎の商店街では常識だったはず」と濱口は言います。
 
それから濱口が思い出したのは、よく営業会社の研修で使われる物語「てんびんの詩」。近江商人の家にうまれた少年が苦労して鍋蓋を売り歩くストーリーです。



「三方よしのような理念をさほど感じないアメリカのビジネスシーンで、カスタマーサクセスという考え方や手法が広まっていることに驚き、今回のこの『おきゃく※』を企画しました」ということで、この会はスタートしました。

 

コミュニティマーケティングがカスタマーサクセスに効果的な理由 

まずはAWSの一人目の社員として日本最大規模のクラウドユーザーコミュニティ「JAWS-UG」を仕掛けられた小島さんから、「AWSビジネスを成長させたコミュニティマーケティングとカスタマーサクセス」というタイトルでプレゼンテーションが行われました。
 

小島 英揮さん
Still Day One合同会社代表社員、パラレルマーケター、エバンジェリスト。
高知県出身。PFU、アドビシステムズを経て、2009年より2016年までAWSで日本のマーケティングを統括。2016年にコミュニティマーケティングを考える「CMC_Meetup」を立ち上げ。2017年より、決済、AI、VR、コラボレーションツールなど国内外のさまざまなスタートアップで、マーケティング、エバンジェリスト業務をパラレルに推進中。



小島さん:
今日はAWS時代のファクトから、カスタマーサクセスの話をしたいと思います。初めにお伝えしておきますが、AWSにはカスタマーサクセスという部門は存在しません。しかし、Amazonには「Customer Obsession」という行動規範があり、“お客様の信頼を獲得し、維持するために、全力を尽くすことが何よりも大事である”と掲げているんですね。これは会社全体がカスタマーサクセスを念頭に置いて動いていることを意味しています。
 
私がいたAWSは2020年に世界で5兆円規模のビジネスになると言われていますが、特に日本における成功要因の1つがコミュニティだと言われています。AWSの日本のコミュニティは「JAWS-UG」という名で、年間260回ほど全国で勉強会が行われています。なぜコミュニティが素晴らしいのかといえば、ベンダーが既存顧客を囲い込むクローズドなコミュニティでは、次の図の上部のように、これ以上広がることがありませんが、オープンなコミュニティでは、顧客のアウトプットによって情報が拡散していき、顧客の周辺にいる一歩二歩先の人たちを惹きつけることができるからです。つまりコミュニティマーケティングは、お客様がお客様を開拓するモデルであり、非常にスケーラブルなのです。
 

 
「これって、いわゆるクチコミだろう?BtoBに効果はないのではないか」と言われるのですが、BtoBにも効果は絶対にあります。BtoBの製品選定はエモーショナルだから。もしそうでなければ、なぜ接待というものが存在するのでしょうか。お客様は合理的な購買をできるほど、ぴったり比較できる商材はありませんし、すべての商材を評価するのに十分な時間もスキルも持ち合わせていません。お客様は“多くのお客様が良いと言っているもの”に影響を受けやすいですし、実際に使っている人の声に従うという選択は、だいたい正しいのです。だからこそ、お客様の声を束ねて拡散する装置であるコミュニティが、BtoBでも力を発揮するんですね。
 


コミュニティマーケティングを効果的に行うためには、“マジック3”と私が名付けた3つのポイントが重要となります。
 
1.原則:3つのファースト
 ・コンテキストファースト:ピザとビールで人を集めるのではなく、同じ関心軸の人を集める。
 ・オフラインファースト:行動が次の行動を呼ぶため、情報発信の起点はオフラインで作る。
 ・アウトプットファースト:参加者に広めてもらうために、クローズドな会にしてはいけない。
 
2.顧客:3つのレイヤー
 ・リーダー:商品、サービスのファン、かつ「アウトプット」ができている人
 ・フォロワー:ロールモデルの「アウトプット」を「フォロー(追随)」できる人
 ・ワナビーズ:興味はあるが、インプットのみを要求し、「アウトプット」も「フォロー」もしない人
リーダーとフォロワーの合計とワナビーズの比率は2:8。2割のリーダーとフォロワーを対象にスタートするのが鉄則。残りの8割を占めるワナビーズは後からついてくる。
 
3.方向:3つの成長軸
 ・自走化:コミュニティをスケーラブルなものにするためには、自社のリソースとコミュニティの成長を切り離さなければならない。
 ・地方展開:オフラインで集まりやすくするために、東京だけでなく地方展開も。
 ・株分け:関心事によって細かくグループを分けていく。

こうしてコミュニティが成長してくると、カスタマーサクセスにも良い影響を及ぼすようになります。お客様のLTVを上げようと考えるのであれば、カスタマーサクセスと、それに連動したコミュニティを、うまく活用していただければと思います。

(小島さんのスライドはこちら
 

経済合理性で見るカスタマーサクセスの重要性 

続いて、シリコンバレーと日本でカスタマーサクセスを広める活動を推進しておられる弘子さんによるプレゼンテーションです。


弘子 ラザヴィさん
サクセスラボ株式会社 代表取締役
ボストンコンサルティングを経て、デジタル時代に必須のリテンション(サブスクリプション)モデルで新しい価値創造する企業を支援するためサクセスラボ株式会社を設立。現在はシリコンバレーをメインの拠点としつつ、東京との2拠点で活動中。



弘子さん:
カスタマーサクセスとは、“買っていただいた後が大切です”というお話ですが、経営者の皆様はコンセプトよりも実利が気になるだろうということで、私からは経済合理性の話を紹介したいと思います。
 
まず「リニューアル:継続」「チャーン:解約」「アップセル/クロスセル:買い増し」「グロスリテンション:リニューアル・チャーンの合計」「ネットリテンション:リニューアル・チャーン・アップセル/クロスセルの合計」の5つの言葉を覚えてください。
 
その上で、David Skokというアメリカで起業家の神様と言われる人がまとめたシミュレーションのグラフをご覧ください。
 

 
左が「Bookings Versus Churn:契約 VS 解約」ということで、青い破線が新規顧客になっており、1万ドルからスタートして毎月2,000ドルプラスされています。これに対して毎月2.5%のチャーンが起きると黄色い線になり、毎月5%のチャーンが起きると赤い線になるのに対し、チャーンを-2.5%に抑えることができれば、緑の線のように急速に成長できることを示しています。つまり、時間が経って事業が大きくなればなるほど、チャーンが命取りになるということです。
 
これを「MRR(Monthly Recurring Revenue):月間経常収益」に換算したのが右のグラフです。チャーンレートがわずか7.5%の差であったとしても、5年でこれだけの大きな差が生まれるんですね。したがって、いかに緑の線に持っていくかというのがカスタマーサクセスであり、概念論や精神論ではなく、ビジネスにおいてマストのものであるとご理解ください。
 

 
こちらはSaaS Capital社による調査結果のグラフです。カスタマーサクセスリーダーがいる会社といない会社を分けて、それぞれのネットリテンション率の平均値を比較したものです。「CSリーダーあり:104」に対し、「CSリーダーなし:98」ということで、その差は6%あります。先ほどの図の右のグラフを思い出してください。緑の線と黄色の線を比較すると、5%の違いであっても、あれだけの差が生じるのですから、6%という数字は全然小さいものではありません。
 
今、アメリカでは、SaaStr社のFounder&CEOのJason M. Lemkinによって「カスタマーサクセス×マーケティング=カスタマーマーケティング」という言葉が提唱されています。カスタマーマーケティングとは、“買っていただいた後に行うマーケティング活動のすべて”であり、会社としてカスタマーサクセスがしっかり浸透すると、マーケティング機能が変わってくるという話です。



カスタマーマーケティングの役割は「既存カスタマーのリード創出」と「既存カスタマーの成功支援」です。カスタマーマーケティングはマーケターが得意なので、マーケターに任せるか、マーケターとコラボするべきだと言われています。また、Lemkinが主張しているのは、“買っていただく前ばかりに注力するのではなく、買っていただいた後のお客様のためにマーケターのスキルを活用すべきであり、既存顧客の成功のために、もっと予算を配分せよ”ということです。
 
カスタマーサクセスの話は短時間では語りきれませんので、より詳しく知りたい方は、ぜひ私のサイトをご覧ください

 

日本のカスタマーサクセス

ここからは、会場で巻き起こった議論の一部をご紹介していきます。
 
Q.アメリカと日本ではビジネスのやり方が違うと思います。日本では営業自身がお客様をフォローしているため、そもそもカスタマーサクセスの機能を持っていると言えるのではないでしょうか。
 
小島さん:
いえ、(多くの日本的営業活動では)持っていないと思います。ただお客様先を回っているだけで、何もマーケティング活動はしていませんよね?ルートセールスをしていればマーケティングになっていると考えるのは、大きな間違いです。もちろんオーバーラップするところはあるし、お客様と接点を持っている人がサクセスさせればいいので、適切にトレーニングすればできない話ではないかもしれませんが、現状はマーケティングではなく、単なる営業行為だと思います。



弘子さん:
例を挙げると、Slack社のカスタマーサクセスは、お客様企業の働き方改革をしています。Slackを導入することで、お客様が何をやろうとしているのか。お客様が、その目的を達成するために、Slackはがっつり入り込みます。Slackの導入を増やすことがゴールではないんですね。ルートセールスは、ただの御用聞き。カスタマーサクセスは「あなたの課題はこれですよね」「あなたの望むサクセスはこれですよね」というところまで引き上げて合意を取り、場合によっては経営者を説得するためのコミュニケーションまで助けます。お客様の成長こそが、カスタマーサクセスのゴールなんです。

 
Q.カスタマーサクセスという考え方は、昔からあったと思っています。なぜ今、カスタマーサクセスの注目が高まっているのですか?
 
小島さん:
理由は2つあります。1つめは、売り切りで稼げる商売が少なくなっているからです。騙してでも売れれば、一発で回収できるというビジネスでは、剛腕タイプの営業が強いわけですが、長く購入してもらわなければいけないビジネス、つまりLTVが重要な企業が多くなっているため、カスタマーサクセスのバリューにみなさんが気付いてきているのだと思います。特に、ITの世界ではライセンスの売り切りからサブスクリプションに移っているので、如実にその傾向が現れています。2つめは、日本は人口減少の一途をたどっており、これまでと同じやり方では等しく売上は落ちていくので、新規を開拓するよりも、長く選んでもらう方に投資をしなければならないという喫緊の課題があるからです。
 
弘子さん:
引き金となったのは、デジタルテクノロジーの革新です。カスタマーサクセスが良いor悪い、やりたいorやりたくないというのは関係なく、やらなければ死ぬという現実があります。デジタライゼーションによって消費者がキングになり、あっという間に他のブランド・製品にスイッチされるようになりました。それによって必然的に、売り切りモデルではなく、リレーションシップモデルやリテンションモデル、つまりお客様とのリレーションに基づいて、長く買い続けてもらうモデルに舵が切られるようになっているのです。1点、誤解していただきたくないのが、“サブスクリプションではないから、自社のビジネスには関係ない”と思われることです。カスタマーサクセスはサブスクリプションだから必要なのではなく、デジタライゼーションが進んで、世の中がリテンションモデルにシフトしていく中で取り残されないために、カスタマーサクセスは必須のものであるということです。

 
Q.カスタマーサクセスの重要性は理解しましたが、広告と違って数字で効果が見えないと、会社を説得しにくいです。会社に提案する上で、何かアドバイスはありますか?
 
小島さん:
広告とカスタマーサクセスはレイヤーが違う話なので、単純に数字で比較できるものではありません。その上で、広告でも計測可能なのは直前だけなので、今の指標が本当に収益に貢献しているのかと疑ってみるところから始めるのが良いのではないでしょうか。本当に効果測定ができている可能性は低いと思います。また、ご自身が提言されると軋轢が生まれるので、誰か外部の人を連れてきて、「世の中はこうなっているよ」という話を聞かせた方が良いですね。説得すべき人を見つけて、その人に当てるべき人を見つけてください。これもマーケティングですよ。マーケティングは、“誰に・何を・どう当てるか”だから。逆に言えば、説得する相手がわかっていないうちは、やらない方がいいです。潰されるから。そのときは転職してください(笑)
 
弘子さん:
私、来年カスタマーサクセスの本を出すので、使ってください(笑)
 



カスタマーサクセスをテーマとした今回の『おきゃく』。最後に弘子さんが「今後、日本で起こる議論の縮図になっていて、非常に学びがあった」とお話されていた通り、それぞれの経験や立場によって、カスタマーサクセスに対する認識は大きく異なることが、明らかとなりました。今回ご参加いただいた皆様は、新規顧客の獲得に重きを置いてきた従来のビジネスの在り方を見直すべき時が、すぐ目の前まで来ているという現実を、強く実感されたのではないでしょうか。

濱口は「カスタマーサクセスとは『デジタル時代の三方よし』。小島さんのお話にもありましたが、そんなデジタル時代だからこそ、実際に人と人とが集うオフラインな『場』、つまりセミナーや展示会などのイベントにおける体験が重要になるはず」と振り返ります。
「たくさんの熱狂、共感、確信ができる場を、広告会社としてつくっていきたい」とこれからの意気込みを語りました。




※「おきゃく」とは濱口の故郷高知のことばで宴会などお酒を飲み集う場のこと。

BtoBマーケティングの課題や奮闘をディスカッションし、よりよい未来を創造する「場」として、Facebookコミュニティ「おきゃく」を運営しています。マーケティングの実務で奮闘される方、マーケティングで経営を変えようと考えていらっしゃる経営者のみなさん、ぜひのぞいてみてください。
https://www.facebook.com/groups/BigbeatLIVE/

(関連記事:LIVEレポートVol.4- 総括とBtoBマーケターの「おきゃく」
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