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インタビュー 2019.11.21 高知発のクラフトビールで、食卓を豊かにしたい|瀬戸口信弥氏(前編)

TOSACOのラインナップ
左から、TOSA IPA、和醸ケルシュ、こめホワイトエール、ゆずペールエール

小規模な醸造施設で醸され、個性的な味わいが楽しめる「クラフトビール」が、今世界的にブームです。日本でも2018年の酒税法改正で、ビールに許容される副原料が広がり、各地の特産品を加えたクラフトビールが続々と誕生しています。
 
そんななか「酒豪県」として知られる高知県は、2010年「土佐黒潮ビール」の生産終了以来、8年間「クラフトビール空白県」の状態が続いていましたが、2018年4月、その高知県に新たなクラフトビール「TOSACO」が誕生しました。香美市に醸造所「合同会社高知カンパーニュブルワリー」を開設したのは、大阪から移住した瀬戸口信弥さん。
 
当時、県内唯一となるビール醸造所を開設し、大阪の会社員から高知へ移住し、ブルワー(ビール職人)へと転身した瀬戸口さんは、移住先のコミュニティでどのように関係性を深めていき、ビジネスを広げていったのか。またクラフトビールを通じて、どのように都市部とのつながりを生み出してきたのでしょうか。今回は移住先の町内会長・森川幸四郎さんにも同席していただき、地元の人から見た瀬戸口さんの奮闘ぶりや、移住当初地元でどのように受け入れられていったのかもお話ししていただきました。
 
●瀬戸口 信弥さんプロフィール
1987年大阪府生まれ。大学卒業後、電機メーカーに入社する。就業中、高知県への移住と、ビール会社の起業を決意し、
2016年から、株式会社石見麦酒にてインターンシップを受講。修了後、合同会社高知カンパーニュブルワリーを設立。
2018年1月、発泡酒醸造免許を取得し、3月に高知に本格移住。県内唯一となるビール醸造所を開設し、同年4月にクラフトビール「TOSACO」を販売。
 

身近にある夢を大きなビジョンへ

——瀬戸口さんは、どのような思いがあって「TOSACO」を造り始めたのですか?
 
瀬戸口さん:
もともと私がビールが大好きだったのですが、妻はビールが苦手。そんな妻と楽しめる美味しいビールを造りたいという思いがありました。そこでせっかくなら高知の特産品を副原料にしたビール造りに取り組むことにしました。
 
そのために立ち上げた会社が「合同会社高知カンパーニュブルワリー」。カンパーニュの語源はカンパニオ。「パンを分け合う人々」という意味があり、家族や仲間という意味に繋がります。家族や仲間が一緒に乾杯して、一緒に飲む。「食卓を豊かにする」という会社のビジョンに通じる名前としました。
 
日常の食卓に習慣的にクラフトビールが加わることで、彩りや豊かさを感じてもらえるような文化をつくっていきたいです。


 
商品名の「TOSACO」とは、高知で生まれた「土佐っ子」の意味を込めています。高知で生まれた素材を使って、高知で醸すビールです。ラベルデザインは、私と妻が高知の海に麦の種を蒔いて、新たにビール造りをスタートする姿を描いてもらいました。
 
高知県には果物や穀物など、ビールの副原料が豊富にあります。その魅力を再発見し、生産者の方の想いを汲み取ったビールを目指しています。またビールを通じて地元産品をピーアールして、賑わいや地域の活性化に繋がればと思っています。
 
ーー大阪出身の瀬戸口さんが、どうして高知でクラフトビールを造ることになったのですか?
 
瀬戸口さん:
大学院を修了後、大阪で電機メーカーに就職しました。新規事業を展開する部署に配属されましたが、毎日トラブル続きで、フラストレーションは溜まる一方でした。組織の歯車となって働く自分に疑問を感じ始め、いつしか「自分で何かを生み出したい」という気持ちが募っていきました。
 
「つくる楽しさ」を気付かせてくれたのが、妻と始めた家庭菜園。大根などを栽培していくうちに、生産するだけでなく、加工にも興味が湧いてきました。ちょうどクラフトビールが徐々に話題になり始めた頃で、もともとビールが大好きだったこともあり、「自分でクラフトビールを造りたい」という願望が芽生えたのです。

瀬戸口さん_1
合同会社高知カンパーニュブルワリー 代表社員兼ブルワー 瀬戸口 信弥さん

そこから家で麦汁づくりに取り組んだり、クラフトビールが盛んなアメリカに渡ったり、会社勤めをしながらクラフトビール造りのヒントを探りました。さらに本格的にビール造りを学ぶため、島根県のクラフトビール醸造所石見麦酒で研修を始めることにしました。
 
高知に来るきっかけは、高知大学に通っていた義兄の存在が大きいです。数少ない休日には何度か高知へ旅行しました。その時、義兄に連れて行ってもらったのが「仁淀ブルー」で知られる清流・仁淀川、そして透明度の高い海に熱帯魚が泳ぐ柏島などでした。それらの美しい自然の風景は、都会育ちの私にとっては衝撃でした。
 
高知の大自然に圧倒され、足を運ぶたびにますますその自然に魅了されていきました。そしていつしか「高知に住んでみたい」という思いが強くなったのです。
 
「高知でクラフトビールを造りたい」という思いが明確にあったわけではなく、まずは「高知に住みたい」という大前提があった上で「生活する手段は何があるだろう?」と自問を繰り返しました。そこで「どうせなら大好きなビール造りを生業にしよう」という考えに至ったのです。

 

夢を言葉にして発信することが、前に進むための第一歩

ーーゆかりのない地方(高知)でどうすればビジネスを始めることができるのでしょうか?
 
瀬戸口さん:
「高知に住みたい」という思いから常にアンテナを張っていました。そんな時、東京出張時に高知県が主催する「起業塾」に出席することができたのが幸運でした。同塾で「高知でクラフトビールを造りたい」という漠然とした夢を、現実的な計画として具現化することができました。
 
また大阪で開催された高知県の移住促進会にも出席し、地元の人とのつながりをできたことも大きいです。そこで移住者と香美市を繋ぐNPO法人「いなかみ」代表近藤純次さんと出会い、「まずは香美市に来てみたら」というお声がけを頂いたことが、移住へ一歩踏み出すきっかけとなりました。

瀬戸口さん_2

その後、高知ではあまりなじみのないクラフトビールを知ってもらうため、休日を利用して香美市に週に一回ペースで何度も足を運ぶようになりました。まずは商店街のコミュニティスペースに15人ほど地元の人に集まってもらいました。そこで「クラフトビールを造りたい」というプレゼンテーションを行い、実際に研修先のビールを試飲してもらいました。
 
クラフトビールがはじめてだった人もいて、反応は様々でした。「私は昔ながらのラガービールがいい」と言う年配の方。「私はこの味が好き」と言ってくた女性の方。それでも大半が「応援しよう」という姿勢を見せてくれたのが心強かったです。
 
このプレゼンテーションの参加者には、地元スーパー「バリュー」の社員の方や商工会の方、ゆず生産者の方などもいて、これをきっかけに人脈を広げていくことができました。
 
何度も足を運ぶうちに、「バリュー」の社長・石川靖さんから食事会に誘われ、ざっくばらんな雰囲気でさらに地元の人との絆を深めていくことができました。石川さんとの出会いは、その後事業を進めていく上で、非常に大きな意味があったと思います。また香美市の移住者が集まったトークセッションにも参加して意見交換などを通じて、この地で受け入れられる素地ができたと思います。
 
そのうちに酒税法改正が間近に迫り、自分が思い描いた規模でのクラフトビール造りができなくなる事態に陥りそうになりました。その状況を石川さんに相談したところ、使っていない倉庫を醸造所として破格の賃料で貸していただけることに。その後、会社勤めをしつつ高知と大阪を行き来し、2018年1月にビール醸造免許を取得。退職後、3月に移住することになりました。
 
一時はビール造りを断念しようになりましたが、妻からの励ましや、石川さんの思ってもみなかった協力の申し出であったことで、なんとか仕込みにこぎ着けました。この経験が「自分の夢を言葉で発信して、積極的に現地に足を運ぶことの大切さ」を教えてくれました。

 

地元のバックアップやメディアをフル活用

ーー酒豪県でありながらクラフトビール空白県の高知で、成功するための戦略はありましたか?

瀬戸口さんと森川さん
写真右:町内会長・森川幸四郎さん

瀬戸口さん:
戦略は全くありませんでした(笑)。しかし「食卓を豊かにする」というビジョンのために、ビールが苦手な人でも飲みやすい製品を造ることに注力しました。その結果として、ビールが苦手な男性のみならず、女性にも支持をいただけているのかもしれません。
 
また高知県の「高知家ビジネスプランコンテスト」に応募し、優秀賞に選ばれたのも、当社を知ってもらえるきっかけとなりました。これにより注目が集まり、醸造所の準備中から高知新聞などの地元メディアで紹介され問合せが相次ぎました。TOSACO発売の新聞記事をきっかけに知り合うことができたのが、醸造所のある町内会の会長・森川幸四郎さんでした。

森川さん:
たまたま新聞記事を目にした息子から新しくビール醸造所ができることを教えてもらいまた。しかもそれが同じ町内にできると知り、様子を見に足を運びました。最初は「クラフトビールを造って生活できるのか?」と心配でしたが、瀬戸口さんの情熱や人柄を知ることで、ぜひ応援したいと考えるようになりました。
 
ビール造りが本格化したある日、瀬戸口さんの様子を見ると、寝る間もなく働きづめで疲労困憊でした。そこで仲間を連れて来て「何か手伝えることはないか」と作業の手伝いを買って出たのです。ラベル貼りから始まり、瓶詰めも手伝うことになりました。
 
初めてTOSACOを口にした時は「個性的な味やな~」と思いましたが、今では週に数回は晩酌として楽しんでます。また町内会でも、花見や宴会の時には購入するようにしています。今やTOSACOは我が町の自慢ですよ。

 

地域とのつながりで仕入れた素材で、愛されるビールに

ーーTOSACOを作る中で生まれた、地域とのつながりや協力などはありますか?
 
瀬戸口さん_3

瀬戸口さん:
ファーストバッチ(初仕込み)で仕込んだのは「こめホワイトエール」、「ゆずペールエール」、「TOSA IPA」の3種類。主な副原料はそれぞれお米、ゆず、土佐文旦です。
 
「ゆずペールエール」で使用しているゆずは、ゆず畑を紹介していただき、自ら収穫しました。高知県は高齢化が進み、手入れされていないゆず畑も多く、畑の持ち主である高齢者の方からタダ同然で無農薬のゆずを仕入れることができました。高齢者の方にとってはゆず畑に手を入れることができるので、逆に感謝され恐縮しました(笑)。
 
また森川さんと一緒にラベル貼りを手伝ってくれた方がとても顔が広く、期間限定ビールで使用した土佐町のリンゴは、その方を経由して手に入れることができました。ほかにもお米は、実は醸造所の隣が精米所だったので、「バリュー」の石川さんの計らいで、精米所からお米を容易に手に入れることができました。
 
当時の労働環境を高知県に相談したところ、香美市の障害者作業施設を紹介していただき、現在ラベル貼り等の作業は、同施設で請け負っていただいてます。
 
こうした地元の人や自治体の協力を得ることで、時間が生まれ活動の幅も広がることが分かりました。これからは、高知県には他にもまだまだ土佐町のリンゴのように副原料となる農産品が沢山あります。将来的にはその特産品がある地域限定のTOSACOも造ってみたいですね。品質的にもさらに向上させて、高知県内だけでなく、国内、そして海外でも認められる「土佐っ子」を目指しています。
 
後半は、TOSACOの味わいの特徴やこれからの展望、プレゼンテーションの大切さ、さらに都会とのつながりなどについて話を伺います。
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